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山は博物館

寒村が越えた細尾峠 足尾銅山暴動、もう一つの舞台

雪の細尾峠近くから足尾銅山方面を望む。暴動の混乱の中、峠に続くこの谷を荒畑寒村ら多くの人が歩いた=2020年3月15日、去石信一撮影

 明治時代、山で隔絶された栃木県の足尾銅山に行く主要道は、東の日光市街地とつながる細尾峠(標高約1200メートル)だった。1907年2月、労働者の大暴動が発生した時、若き社会主義者の荒畑寒村(1887~1981年)が現地の取材に行き、思想取り締まりの警察から逃げる時も越えた。風雪の中、逮捕された数珠つなぎの労働者、混乱した住民、隊列を組んだ軍、警察官も越え、暴動のもう一つの舞台となった。

 暴動は2月4日朝、労働者を監視する坑内の見張り所の破壊から始まった。古河鉱業の下、銅山では約1万人が働き、日露戦争後の増税や物価高と実質賃金低下、会社提供のまずい「南京米」、金品を贈った者の優遇など、労働環境に火種がくすぶっていた。

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