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沖縄、台湾をつむぐ

琉球王に仕えた名家・川平家。琉球処分から日本統治下の台湾、戦後の沖縄へ。激動の時代をたどり、沖縄と台湾を見つめます。

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沖縄、台湾をつむぐ

近代化突き進む明治政府の力、まざまざと 鉄道開業式、忘れがたい「陸蒸気」体験

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1872年に明治政府に派遣された琉球使節。手前中央が正使・伊江王子朝直=那覇市歴史博物館提供
1872年に明治政府に派遣された琉球使節。手前中央が正使・伊江王子朝直=那覇市歴史博物館提供

 琉球国の使節37人を乗せた汽船「豊瑞丸」が那覇の港を出航した。1872年7月、明治新政府を祝うため東京に向かった。その中に、元アナウンサーの川平朝清(かびら・ちょうせい)さん(93)の祖父・朝彬(ちょうひん)さんがいた。34歳。妻の塩満金(しおまがね)さんと4歳になる長男の朝平さんらが見送った。朝清さんは「祖母(の塩満金さん)は王の妃(きさき)にと名が挙がったほどの美人だったそうです」と話す。

 朝彬さんが徳川幕府への使節で江戸を訪れてから22年の歳月が流れていた。68年の明治維新後、71年に廃藩置県が実施され、琉球は鹿児島県の管轄下に置かれていた。

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