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リモートワーク最前線

島流しでなく「心の黒字」 パソナの子育て世代含む1200人が淡路島に移住する理由

今年1月から淡路島で執務を続けている南部靖之パソナグループ代表=同社提供

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 人材サービス大手のパソナグループが、主な本社機能を東京から兵庫県・淡路島へ移すと発表して1カ月余り。2024年5月末までに本社機能を担う社員の約3分の2、約1200人が淡路島に移住するという。なぜ淡路島なのか。社員たちは移れるのか。創業者でもある同グループの南部靖之代表(68)に、疑問をぶつけた。前編と後編に分けて紹介したい。【今村茜/統合デジタル取材センター】

新型コロナでオフィス分散「東京でなくてもいいな」

 「淡路島で新型コロナウイルス禍のニュースを見ていて『これは大変だな』と。社内に1人陽性者が出ると、そのフロアは全部消毒して1、2週間使えない。数万人のスタッフの管理が滞ると大変なので、オフィスを東京駅周辺に分散した。その時、本社機能は『東京でなくてもいいな』と思ったのがきっかけです」

 9月28日、淡路島のオフィスでリモート取材に応じた南部代表は、自身が移転を決断した緊急事態宣言下の5月を振り返った。パソコンの画面越しに見えたオフィスの窓からは、青空とヤシの木が見えた。

 パソナが9月1日に島への移転を発表すると、<大企業の脱東京だ><社員は島流しか>と注目された。南部代表は決断を「100%社員とその家族のため」という。

 「(東京の)マンションや小さな家でずっと子供たちと過ごしながら仕事をすると、ストレスが高まる。その頃、親はテレワーク離婚、子供たちはオンライン学習で斜視が増える、80代90代の親は外出できずデイケアにも行けない、といったニュースばかり流れていました」

「東京じゃ豊かな安心した健康な体はつくれない」

東京都千代田区大手町のパソナグループ本社=同社提供

 南部代表がゆっくりと言葉を区切って強調した。「東京じゃ、豊かな、安心した健康な体は、つくれないんです。特に、お年寄りと子供は。(パソナが)社員やスタッフと一つの事例をみせて、社会全体がそれに気づいてくれればいいなと」

 パソナが淡路島に移す本社機能とは、人事や経理などの管理部門や、新規事業開発などを担当する部門だ。引っ越しを迫られる従業員は、本社機能を担う全従業員1800人の実に3分の2にあたる1200人にもなる。

 南部代表は「真に豊かな生き方、働き方」が目的だと力説する。そこで、真に豊かな生活とは何かと聞いてみた。

 「心の黒字ですよ。給料が高ければいい、売り上げ利益が大きければいい、一部上場会社ならいい、それは数字の黒字。そうじゃない、心の黒字が、豊かな生活ということ。自分自身の、たった一度しかない人生を、どれだけ楽しい思い出がつくれるか。コロナは、真の豊かさとは何かを働く者に目覚めさせた、大きなきっかけになったんです」

「淡路島を地中海にしたい。高級車や電気自動車に乗れば追加の補助金」

 それが東京ではないとしても、なぜ淡路島なのだろうか。

パソナグループ創業者の南部靖之代表=同社提供

 パソナの本社は、地価の高い東京・大手町にある。本社を縮小させれば、コストは浮く。狙いはコスト削減なのか。

 「東京のオフィスは高いですね。淡路島は想像を絶する安さ。坪単価4万円だった賃料がここでは5000円くらい。10分の1ですよ」

 ちなみに、社員の家賃は5分の1ほどになったという。浮いたコストは社員に還元するのだろうか。

 「でも、別の経費がかかる。ここでは車がないと生活できないから、車のリース代に補助金を出している」

 予想外の言葉が出た。

 「僕は淡路島を地中海(リゾート)にしたいんです。今は農道を軽自動車で走っている人が多い。でも、地中海のように住んでいる人に豊かな暮らしをしてほしい。オープンカーやスポーツカーに乗るように。だから、高級車や電気自動車に乗れば追加の補助金を出すことも考えています」

 地中海、オープンカー…… それに補助金とは…… 南部代表が、少年のように目を輝かせて続ける。

 「淡路島は東京23区やシンガポールとほぼ同じ大きさ。自然豊かで食べ物はおいしく、住環境もいい。兵庫県立淡路医療センターもあり医療も進んでいる。さらにこれからは教育も充実させます」

「中高生を抱えた社員も来たいと言っている」

淡路島公園内の施設「ニジゲンノモリ」に登場したゴジラ=兵庫県淡路市で2020年10月8日午前11時35分、望月亮一撮影

 南部代表は当初、移住希望者は独身が多いだろうと予想していたという。しかしふたを開けてみると、子供を淡路島で育てたいという子育て世代の立候補者が多かった。

 「だから、10月に開設した新オフィスには学童保育も併設予定です。中高生を抱えた社員も来たいと言っているので、淡路島にある私立中高に教室を増やすよう要望するつもり。予備校やインターナショナルスクールも誘致したい」

 なるほど。現実的な話になってきた。次々と南部代表の事業構想アイデアが披露される。けれど、すでにパソナは淡路島で大型のレストランやテーマパークを運営しており、一部では「パソナアイランド」とも呼ばれている。これ以上規模を広げれば、地元住民から戸惑う声が出るのではないか。そう切り込んでみた。

 「それね、大切です。普通は地元住民に反発される。でも淡路島は独特で、ウエルカムなんです」

北部の淡路市長と兵庫県知事が「むちゃくちゃ迎え入れる体制」

 南部代表が身を乗り出した。淡路島は淡路市・洲本市・南あわじ市の3市からなる。そのうちパソナが事業展開する北部の淡路市長と兵庫県知事が「むちゃくちゃ迎え入れる体制」なのだという。

 パソナの淡路島進出は、就農や農業分野での起業を目指す人材を育成する「パソナチャレンジファーム」を08年に開設したのが始まり。従来は地方で農地を取得するのは困難だったが、05年の関連法改正もあり、パソナは淡路市と協定を結び遊休農地を借り受けたのだ。

巨大なキティの頭が目印の「ハローキティスマイル」は、兵庫県・淡路島でパソナグループが経営するレストランだ=同社提供

 南部代表は「一番手に入れにくい農地、これをちゃんと手配してくれた。普通は耕作放棄地がいっぱいあっても、手に入れられないから」と当時を振り返る。

 さらに、淡路島は人口減にあえぎ、20年間で人口は2割減。20年の人口は約13万人だ。「若者や子供が減り学校の統廃合も相次ぐ。住民はものすごく不安をもっている」という事情もある。自治体のバックアップと住民の危機意識から、パソナの進出を受け入れているというのだ。

 代表の話を聞いていると、いいことずくめに思えてくる。しかし、地元の受け入れ態勢はどうなのだろうか。

「半農半X」「半芸半X」の生活を提案

 静かな時間が流れる淡路島だが、海岸沿いを車で走ると、真っ白なハローキティの巨大な頭がそびえるレストランが見える。自然豊かな兵庫県立淡路島公園内には、人気アニメや漫画の世界観を再現したテーマパークが。それらはパソナが展開する地方創生事業の一環で、そうした飲食店やレジャー施設、食材を調達する農場では、すでに約350人が働いている。さらに、10月からはバレエやバイオリンの教室運営も始めるという。

 東京から連れてくる1200人に、オフィスワークだけではない「半農半X」「半芸半X」の生活を提案し、1日のうち半分は農業や芸術など幅広い分野に携わってもらい、仕事の幅を広げ、さらに趣味も楽しんでもらう。同時に、淡路島での事業展開を促進し地域振興につなげたい考えだという。

高まる地元の期待、雇用事業から委託料を受け取ることに対する厳しい声も

 農業を皮切りに淡路島に進出した当初は、人材サービス会社であるパソナが島で一体どのような事業を展開するのか、地元でも疑問を持つ声が多かったようだ。08年の淡路市議会9月定例会では事業内容への質問があがり、市産業振興部が県を通じてパソナから農業参入の提案があったことを説明した。

 議事録には<遊休地を解消する一つとして、この話に乗っていきました><パソナが参入することによって、いろんな形で今後企業参入をし、農業農家として支援をしてまいりたい>と地元の期待がにじむ。

 その後、パソナは兵庫県や淡路市から多くの事業を委託されるように。委託料が膨れるにつれ、次第にパソナと淡路島の関係が兵庫県議会で度々やり玉に挙げられ、「なぜパソナか」「選定基準は」などの質問もみられるようになった。人材サービス業であるパソナが、県や市の雇用事業から委託料を受け取ることに対する厳しい声もあった。

 11年には、国が兵庫県と淡路島内の3市を地域活性化総合特区「あわじ環境未来島特区」に指定。同年の兵庫県議会決算特別委員会では、特区指定について県議が「パソナやソフトバンクとの共同事業がもともと提案の中に入っている。パソナありきの事業だと言われても仕方がないのでは」などと指摘している。

 今年9月に移転を発表した後の県議会産業労働常任委員会では、産業振興局長がパソナの移転について「東京一極集中の打開、地方の自立の観点から非常にありがたい」と言及。その上で、「かなりまとまった人数が淡路に来ることになるので、住宅、学校などトータルの取り組みが必要。部局横断のサポートデスクを設置することを検討中」と明かした。

 「豊かな生活」を求めて淡路島に移転するパソナ。拡大するパソナの島での事業展開が、島民にとっても豊かな生活に結びつくのか、注目されるのはこれからだろう。

今村茜

1982年生まれ、鹿児島県出身。高校時代を米国で過ごし、2006年筑波大学卒業、毎日新聞社入社。福島支局や世論調査室を経て、17年から経済部でIT系や流通・商社などの民間企業を担当。19年5月から現職。主な関心はビジネス、働き方、テクノロジー&データ、子育て。2児の母です。日々テレワークのノマドワーカー。子連れワーケーション推進中。和菓子と着物好き。

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