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中国の研究者招致「千人計画」当事者の思い 「学術会議が協力」情報拡散の背景は

日本学術会議の公式ウェブサイトに掲載されている<中国科学技術協会との協力覚書署名式>の報告

 「日本学術会議が中国の軍事研究『千人計画』に積極的に参加している」という真偽不明の情報がネット上で広がっている。日本の軍事研究には批判的なのに中国には協力するというのは矛盾しているという趣旨だ。日本学術会議は「千人計画への参加は決定していない」と否定したが、委員会質問をした自民党議員やテレビ番組で立川志らくさんらが次々とこの情報を引用する事態に発展している。「千人計画」に参加して中国で研究を続ける日本人研究者は、こうした日本の状況をどのように感じているのか。匿名を条件に参加条件や待遇などを赤裸々に語ってもらった。【木許はるみ/統合デジタル取材センター】

・甘利議員は「積極的に協力」から「間接的に協力」にブログを修正

・当事者が何度否定しても広がっていく

・千人計画とは、主に海外の中国人研究者を呼び戻す中国の優遇措置

・「学術会議と千人計画が無関係とファクトチェックできたら」

・「影響は大きい。何より政治家が発言しているから」

・「そもそも外国人は中国で軍事研究に関われない」

・実際には「破格の高待遇」とはかけ離れた待遇

・「極秘参加」どころか以前は参加者名簿が公表されていた

・日本人研究者へのだまし討ち取材も

・「日本から研究流出」 中国の人から笑われる

・米中対立の巻き添えに

・研究者バッシングは国益につながるのか

・「「日本はまるで文化大革命だ」

(この記事には上記の内容が書かれています。読了まで約15分かかります)

 「日本学術会議が中国の軍事研究『千人計画』に積極的に参加している」という情報は、ネット上の複数のまとめサイトが掲載し、拡散された。サイトは、8月6日に公表された甘利明衆院議員のブログ「国会リポート第410号」(https://amari-akira.com/01_parliament/2020/410.html)を引用している。

 甘利氏は当初、このブログで、日本学術会議について「『千人計画』には積極的に協力しています」などと掲載した。

 日本学術会議事務局は毎日新聞の取材に対し、会議として意思決定する場合は、総会や幹事会で議決するが、「学術会議として、千人計画に協力することを決定していない」と否定している。

 甘利氏は10月12日に410号の記述を「積極的に協力」から「間接的に協力しているように映ります」と訂正し、この日公表した「国会リポート第413号」(https://amari-akira.com/01_parliament/)でもその旨を記載した。

 甘利氏が突如、「積極的に協力」から「間接的に協力しているように映ります」とブログの書きぶりを修正した理由を、同氏の議員事務所に問い合わせたところ、「国会リポート第410号訂正と同日リリースした第413号記載の通りです」とメールで回答が届いた。

 国会リポート413号には<「積極的に協力」と云(い)う表現が適切でないとしたら「間接的に協力していることになりはしないか」と改めさせて頂きます>と書かれていた。少し表現が違うが訂正したいという気持ちは何とか伝わってきた。

 しかし、発信者が訂正したり、修正したりしても拡散していくのが、この種の情報のやっかいなところだ。

 「日本学術会議が中国の軍事研究「千人計画」に積極的に協力」という投稿は10月2日ごろから出回り始めた。その後、さらに「外された6人は関与か」などと臆測が臆測を呼ぶ展開になっている。

 一方、「任命除外」された岡田正則・早稲田大教授は10月3日に毎日新聞の取材に対し、「千人計画という名前を、今初めて知りました」と答えた。同じく除外された松宮孝明・立命館大教授も10月5日に出演したTBSの番組「グッとラック!」で、立川志らく氏が「一部聞こえてくるのは、中国の千人計画ですか、そこには協力していると、これの矛盾はどうなるんですか」と問いただしたのに対し「私、聞いたことありませんけれど、それはデマじゃないですか」と言下に否定した。

 この場面の動画は、ツイッター上で「志らく氏はよく聞いたな」など直接聞いた立川志らく氏を評価するコメントと共に何度もリツイート(再投稿)され、拡散している。

 10月8日の参院内閣委員会では、自民党の山谷えり子議員が、「日本の学術会議の研究者で、千人計画に参加しているという報道もある」「日本の平和を守るための研究は禁じて、中国に対しては協力的である」と質問で取り上げた。この場面もまた、ツイッターなどで何度もリツイートされている。

 ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上の怪しげな情報が「報道」に格上げされ、国会議員の委員会質問の動画と共に拡散されているのだ。

 そもそも千人計画とは何か。

 中国政府の発表によると、千人計画とは、「科学技術強国」を目指す中国政府が2008年に始めたハイレベル人材招致計画だ。国外で有望な研究をしている中国人研究者を中国に呼び戻すことが主眼とされる。

 10年以降は、40歳以下の若手に向けた「青年千人計画」もスタート。対象者に選ばれると主に帰国費用として数百万円から数千万円の一時金が支給されるほか、研究内容に応じた施設やスタッフ、研究費用が国や地方政府、研究機関から提供される。

 米上院小委員会の報告書は、17年時点で7000人がプログラムに参加したとしている。著名な中国人研究者が部下の外国人の若手研究者を引き連れて中国に研究拠点を移すこともあり、米国などは中国への頭脳流出を懸念していると解説されることが多い。

 とはいえ、文献からは、実態が見えにくい「千人計画」。実際に千人計画に参加している当事者に話を聞きたい。そこで、毎日新聞中国総局や東京本社科学環境部など、中国在住の日本人研究者への取材経験のある部門の協力を得て、千人計画参加者にアプローチし、匿名を条件に詳しく聞いた。

 日本人研究者との一問一答は以下の通り。

 ――匿名を条件に取材に応じた理由は何でしょうか。

 ◆「千人計画=軍事研究をしている」という情報が広まり、中国にいる日本人研究者が理不尽なバッシングを受けることを防ぐためです。間違った情報が記録されていく中、そのカウンターとなる情報を残す必要があると思いました。日本国内では、学術会議と千人計画が関係ないことをファクトチェックできれば、それで世間の関心は満たされます。

 千人計画=軍事研究という部分が検証されなければ、中国にいる日本人研究者に対する悲劇は残ります。中国国内にいながらにして、日本から誹謗(ひぼう)中傷を受け、精神的につらいだけでなく、回りに回って、日本の科学行政に悪影響が出ます。誤った情報を政治家が発言し、その情報をもとに日本の科学技術政策が進めば、日本の国益を損ないます。

 匿名にしたのは、甘利さんがブログで書いたように「千人計画は参加を厳秘にすることが条件」だからではありません。そんな条件はありません。以前は千人計画の採択者リストは公開されていて、メディアで千人計画への参加を公言している日本人研究者も多くいます。

 むしろ、そういった形で過去に名前を出した研究者がネットで検索されて、軍事研究とは関係がないのに、「スパイ」だと誹謗中傷を受けています。今はどのような形でメディアに出ても、事実無根のバッシングの対象になると思いました。

 ――「学術会議が中国の軍事研究『千人計画』に積極参加している」とする情報は、何で知りましたか。

 ◆SNSで情報が流れてきました。ネットで「千人計画」を検索すると、中国にいる日本人研究者が「臓器提供」「兵器開発」に関与しているかのような書き込みがありました。いわれのないことで悪く言われるのは、精神的にしんどいですよね。私の調子が良くないのが顔色に出ていたのか、息子に「パパ元気ないね」と抱きしめてもらいました。これまでもバッシングを受けることはありましたが、今回が一番、影響が大きいです。何よりも政治家が発言しているからです。

 ――拡散された情報を見て、どのように感じましたか。

 ◆まず、千人計画の参加者の圧倒的多数は軍事と関係のない基礎科学の研究者です。そもそも外国人は中国で軍事研究に関わることはできないというのは中国の常識です。

 日本人が千人計画で軍事研究に参加しているという話を聞かされて、何をバカなことを言っているのか、と思いました。直接の軍事研究に限らず、軍事転用を視野に入れた軍関係の基礎研究プロジェクトへ研究費を申請することすらできません。中国の常識が分かっていない。

 少し想像をすれば、分かるのではないでしょうか。中国政府が機密性の高い軍事研究を外国人にさせたとして、その人を帰国させるでしょうか。私たちの生活拠点は日本にあり、いずれ帰国することは前提になっています。中国と仲が悪くなった米国に研究拠点を移す人もいるでしょう。

 千人計画は、外国の研究者を迎えるプログラムですが、外国籍の研究者を主な対象としたものではありません。千人計画の採択者の大多数は中国籍です。海外に留学をして帰国しない中国人研究者の帰国を促すために、研究に補助金を出して呼び戻す「…

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残り5154文字(全文8888文字)

木許はるみ

1985年生まれ、愛知県出身。中日新聞、Business Insider Japan、じゃかるた新聞を経て2020年入社。外国人住民、公害、地方議会の取材をしてきた。アートや科学が好き。

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