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「平和運動の原点」熱気に包まれた第1回原水禁世界大会 森滝春子さんの思い

森滝春子さん=広島市佐伯区で2018年3月22日、山田尚弘撮影

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 広島大学で14日に公開が始まった広島県原爆被害者団体協議会(広島県被団協)の結成前後の資料の中に、1955年に広島で開かれた「第1回原水爆禁止世界大会」の議事速報も含まれている。大会で被爆者が世界に向けて被害の惨状や生活の苦しみを訴え、支援の声が上がったことが翌年の広島県被団協や全国組織の結成につながった。当時、高校生だった市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表の森滝春子さん(81)=広島市佐伯区=は「大会で見た光景に心を揺さぶられ、平和運動の原点になった」と振り返る。

 大会は、54年に米国のビキニ水爆実験でマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員らが被ばくした事件をきっかけに原水爆禁止の署名運動が全国に広がったのを受け、被爆10年後の55年8月6日から3日間、整備されたばかりの平和記念公園にあった広島市公会堂を主会場に開かれた。原水禁広島県協議会の資料などによると、米国やオーストラリア、中国など14カ国の代表団と全国各地から代議員5000人以上が集まり、1900人収容の公会堂の外に人があふれたという。

原爆投下から10年を迎えた広島で開かれた第1回原水爆禁止世界大会=広島市の平和記念公園で1955年8月6日

世界各国の参加者、被爆者の訴えに心揺さぶられ

原爆投下から10年を迎えた広島で外国の代表らも参加して開かれた第1回原水爆禁止世界大会=広島市の市公会堂で1955年8月6日

 大会事務局長を務めたのは、原爆で右目を失明し、後に広島県被団協や全国組織・日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の結成に尽力した森滝さんの父市郎氏(1901~94年、当時広島大教授)。広島大付属高1年だった森滝さんの目には、バラックが残る平和記念公園に、人が波のように押し寄せた様子が焼き付いている。「さまざまな色ののぼり旗が人々の中をうごめいて。熱気があった」

 おぼろげながら森滝さんの記憶にあるのは、壇上で涙ながらに訴える一人の女性の姿だ。長崎で被爆した女性らが作った「長崎原爆乙女の会」の創設メンバーで、あいさつをした山口みさ子さんだったとみられる。B5判のわら半紙にガリ版で刷られた26ページに上る1日目の議事速報には「原爆を受け、母、弟を亡くしました。それ以来、十年間という長い苦しい時代を皆さんに分かって頂くことが…(涙で聞えず)」(原文のまま)との記述が残る。

広島大が公開した第1回原水爆禁止世界大会の議事速報=山田尚弘撮影

 疎開していて自身は被爆を免れた森滝さんは「それまで日の目を見なかった被爆者が初めて自ら世の中に訴えたんだと思うと感慨深く、涙が出た」という。高校では被爆体験を聞き取るグループで活動した。核実験のたびに原爆慰霊碑の前で抗議の座り込みを続けた父の遺志を受け継ぎ、海外のウラン鉱山や劣化ウラン兵器による核被害者と連帯するなど、現在も続ける平和運動の出発点となった。

 平和運動の歴史に詳しい東京経済大の藤原修教授(国際政治学)は、大会について「戦後日本の平和運動史、平和思想史において最初の最も重要な出来事」と話す。公開された議事速報について「回想記録ではなく、リアルタイムで作成された資料は価値が高い」と評価している。【山田尚弘】

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