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花園プレーバック 第61回~第70回

高校生ラガーマンたちのあこがれの舞台「花園」。全国高校ラグビーのこれまでの熱闘を大会ごとに振り返ります。

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花園プレーバック

第63回:決勝の劇的な幕切れがヒット曲のモチーフに

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決勝の後半22分、天理は相手陣22メートル付近のスクラムからFB後藤がトライ=近鉄花園ラグビー場で1984年1月7日撮影
決勝の後半22分、天理は相手陣22メートル付近のスクラムからFB後藤がトライ=近鉄花園ラグビー場で1984年1月7日撮影

1983年度

 歌手・松任谷由実さんのヒット曲「ノーサイド」。その曲作りの際、モチーフの一部になったのが、決勝の終了場面だった。

 9大会ぶり2回目の優勝を狙う大分舞鶴は後半ロスタイムにトライを奪い、16―18と土壇場で2点差に迫った。決まれば同点優勝のゴールは、ポストの左斜め、約30㍍のキック。練習なら8割は決まる位置だ。だが、主将のFB福浦が蹴った楕円(だえん)球は左へ外れた。「頭が真っ白になった」。グラウンドがぬかるんで蹴る際に軸足が滑り、天理(奈良)の12大会ぶり5回目の優勝が決まった。

天理が大分舞鶴を破り12大会ぶりV5

第63回大会のトーナメント表 拡大
第63回大会のトーナメント表

 福浦は本来なら、この舞台に立てないはずだった。2日前の準決勝終了後、大分に帰る両親に試合用のスパイクを預け、鹿児島へ飛んだ。決勝と同じ日、鹿屋体大の入試があったからだ。「決勝に行く力はない」という当初の予想は良い意味で覆したが「最初に決めたこと」と受験を貫いた。だが、大学は粋な計らいをした。福浦の試験だけ朝9時開始を6時へと前倒しした。受験を終えて花園に戻ったのはキックオフの約1時間前。ただ、スパイクは既にない。試合で履いたのは、ポイントが擦り減った練習用のものだった。それが軸足が滑った一因なのかもしれない。

決勝の試合終了直前、入れば両校優勝というゴールキックを大分舞鶴のFB福浦が外し、ノーサイドとなった=近鉄花園ラグビー場で1984年1月7日撮影 拡大
決勝の試合終了直前、入れば両校優勝というゴールキックを大分舞鶴のFB福浦が外し、ノーサイドとなった=近鉄花園ラグビー場で1984年1月7日撮影

 「ノーサイド」では、試合を決める最後のキックを外したキッカーが肩を落とし、それでも気丈に振る舞う様子を、第三者の視点で優しく歌っている。

 福浦は松任谷さんと直接の面識はなかったが、発売前にモチーフになるという話は聞いていた。初めて歌詞を聴いた時は「あの場面だ」と分かった。

 当初は優勝を逃した悔しさが募ったが、時間とともに準優勝をした達成感も出てきたという。「花園は自分の人生を変えた場所。その後の自分の支えになった」。敗者がクローズアップされる劇的な幕切れは、大会の記憶に残るシーンとして今も語り継がれている。

優勝旗を受け取る天理のCTB山川=近鉄花園ラグビー場で1984年1月7日撮影
優勝旗を受け取る天理のCTB山川=近鉄花園ラグビー場で1984年1月7日撮影

 

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