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香原斗志「イタリア・オペラ名歌手カタログ」

オペラ評論家の香原斗志さんが、往年の名歌手から現在活躍する気鋭の若手までイタリアのオペラ歌手を毎回1人取り上げ、魅力をつづります。

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香原斗志「イタリア・オペラ名歌手カタログ」

<第9回> イルダール・アブドラザコフ

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ベルカント・オペラで培った

強く豊かなのにどこまでもエレガントな歌唱

ロッシーニ「セミラーミデ」のアッスールに扮したアブドラザコフ=METライブビューイング2017-18シーズン ロッシーニ「セミラーミデ」より (C)Ken Howard/Metropolitan Opera
ロッシーニ「セミラーミデ」のアッスールに扮したアブドラザコフ=METライブビューイング2017-18シーズン ロッシーニ「セミラーミデ」より (C)Ken Howard/Metropolitan Opera

 2020年9月、モスクワのボリショイ劇場の開幕公演、ヴェルディ「ドン・カルロ」でフィリッポ2世を歌っていたアブドラザコフが新型コロナウイルスに感染し、公演が中止になった、というニュースが飛び込んできた。付言すれば、エリザベッタ役のアンナ・ネトレプコと表題役のユシフ・エイヴァゾフも陽性になったが、いずれも軽症で心配はないという。それよりも、いまをときめく歌姫ネトレプコの初役に際して呼ばれるのは、やはりアブドラザコフだ、という事実に得心した。

 このロシア出身のバスの声の特徴を端的に表せば、このうえなく豊かなのにこのうえなく端正、という表現になるだろう。つやのある荘重な重低音は、声質が常に一定で、起伏や躍動をふくめて完全に制御されているから、声の押し出しは強いのにレガートが美しく、歌のフォルムはエレガントだ。スラブ系歌手にありがちな力任せの大仰な表現とは無縁で、美しいイタリア語のディクションと相まって、高貴な表現のなかに人物の感情が掘り下げられる。歌の品位という点で、時に往年のニコライ・ギャウロフが思い出される。

 現在の当たり役はフィリッポ2世だが、当初はいわゆるベルカント歌手だった。私がアブドラザコフの声を初めて聴いたのは2001年、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)での「スタバト・マーテル」だったと思う。ROFではその翌年に「イタリアのトルコ人」のセリム、翌々年は「セミラーミデ」のアッスールと続けて聴いた。2002年のスカラ座開幕公演(スカラ座が改修中のためアルチンボルディ劇場で上演)、グルック「オーリードのイフィジェニー」のカルカンテも、品位ある歌唱が印象に残っている。リッカルド・ムーティに見いだされたのが幸運だが、むろん運を呼び寄せる力があった。ムーティ好みのエレガンスでは、当時から群を抜いていた。

 ただし、ベルカント・オペラにとっては、彼の声は少々スペックが大きすぎるとも言えた。近い将来、ヴェルディなどを歌ってさらに大成するのではないか。当時からそのように感じられ、現実になった。ベルカントで培ったやわらかな歌い方や声を制御しての装飾歌唱、様式的な表現力が、ロマン派の作品をエレガントに歌ううえで役に大いに立っているのは言うまでもない。2016年7月、ラヴェンナ音楽祭でムーティ指揮のもと、ボーイト「メフィストーフェレ」のプロローグを歌うのを聴いたときは、声質を一定に保ち、一音一音を端正に追いかけながら、悪魔の心情を変幻自在に表す、その高貴な声と表現に圧倒された。それでいてベルカント・オペラでも相変わらず、十全のテクニックで品位ある申し分ない歌唱を披露することは、METライブビューイングの「セミラーミデ」などで確認できる。

 スカラ座やメトロポリタン歌劇場、ザルツブルク音楽祭などの常連だが、同様に常連の歌手のなかに、アブドラザコフほど洗練された表現力を備えたバスはいない。ぜひMETライブビューイングのアンコール上映などの機会をみつけ、ノーブルな低音と表現のエレガンスを確認してほしい。

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。新刊「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。La valse by ぶらあぼに「いま聴いておきたい歌手たち」、ファッション・カルチャー誌「GQ japan」web版に「オペラは男と女の教科書だ」を連載中。

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