母に置き去りにされた3歳の命、なぜ救えなかったのか 大田区の報告書を検証

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稀華ちゃんを悼んだのか、梯親子が住んでいた部屋の外には、お菓子や飲み物、花束が置かれていた=2020年10月15日午後3時1分、大迫麻記子撮影
稀華ちゃんを悼んだのか、梯親子が住んでいた部屋の外には、お菓子や飲み物、花束が置かれていた=2020年10月15日午後3時1分、大迫麻記子撮影

 東京都大田区で今年6月、3歳の梯稀華(かけはし・のあ)ちゃんが自宅マンションに置き去りにされて衰弱死し、母親の梯沙希容疑者(25)が保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された。母子の軌跡を追うと、事件に至るまでにいくつもの重大なサインを行政が見逃していた可能性が浮かんだ。なぜ誰も、稀華ちゃんに手を差し伸べられなかったのか。大田区がまとめた報告書などをもとに検証する。【谷本仁美/くらし医療部、大迫麻記子/統合デジタル取材センター】

暗闇に取り残された命 周囲気づかず

 川沿いに建つマンションの1階の部屋。10月中旬に記者が訪れると、ベランダの窓ガラスはひび割れたままになっていた。事件当時、大きなゴミ袋が室内にいくつも積み上がっている様子が窓越しに報じられた。ゴミためのようになった部屋の中で、まだ3歳だった稀華ちゃんは一人で母親を待ち続けた。電気もつけられずに過ごす夜は、どれだけ怖かっただろう。おなかがすいても誰も助けてくれない絶望感は、想像もできない。

 実の母親である梯容疑者は6月5日、窓を施錠し、扉をソファで押さえたうえで、交際相手の男性に会うために鹿児島県へ向かった。8日後に部屋に戻ると、稀華ちゃんはマットレスの上で、息絶えていた。司法解剖の結果、胃の中はからっぽで、何も食べていないことによる衰弱死だった。汚物にまみれたおむつで、お尻はひどくかぶれていた。

 東京地検は、梯容疑者の刑事責任能力を調べるための鑑定留置を行い、現在、起訴するかどうかの検討を行っている。

 実は梯容疑者は、自身も両親から虐待を受けた被害者だった。2003年9月の宮崎日日新聞は、25歳の両親が、8歳だった梯容疑者に暴力を振るって全治2週間の大けがをさせたうえで放置したとして、傷害と保護者責任者遺棄の疑いで逮捕されたことを伝えている。

 そんな梯容疑者は宮崎県の高校を卒業後に上京した。20歳の時に未婚のまま稀華ちゃんを妊娠。出産後に結婚するも、すぐに離婚した。稀華ちゃんが1歳9カ月の頃、大田区内の認証保育所に入園させたが、約半年で退所させた。1歳6カ月健診は受診させたが、19年12月の3歳児健診は受診させなかった。

 今回の虐待は、身体的虐待ではなく育児放棄だ。外傷はなく、特に死亡前の時期は外にもほとんど連れ出さなかったとみられている。外からは気付かれにくい状況だったためか住民からの通報はなく、行政機関による発見が頼みの綱となるケースだった。では行政はこの間、一体何をしていたのだろうか。

 地元の大田区は事件後、「支援を必要としている家庭に気づき、必要な支援を届けるための方策を探る」ことを目的に検証を行い、9月にA4で14ページの報告書をまとめた。保健所長や子ども家庭支援センター所長など区内関係部署の職員だけで協議し、外部有識者3人が付帯意見を付けるという珍しい形式で作成したものだ。数多くあったはずの虐待リスクに区はどのように対応したのか。報告書に沿って、区と梯容疑者の接触機会を追ってみよう。

妊婦面接、2度の健診、保育所退所…見逃されたシグナル

 最初の機会は、母子手帳を受け取りに来た母親に区が実施する妊婦面接だった。この時点で、梯容疑者は未婚。近くに頼れる親族もいなかったが、検証報告は「現在の状況や今後の生活等について聞…

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