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常夏通信

その66 戦没者遺骨の戦後史(12) 身元判明は1%未満 収容は「ゴールのないマラソン」

硫黄島・摺鉢山山頂の慰霊碑に手を合わせる遺族=2012年7月17日、栗原俊雄撮影

 第二次世界大戦の激戦地、硫黄島(東京都小笠原村)で、私は戦没者の遺骨を掘っていた。火山灰の混じる黒土の中からは、文字通り数え切れないほどの遺骨が掘り出された。頭蓋骨(ずがいこつ)の上に軍靴が乗っている。手りゅう弾などの武器も遺骨と一緒に見つかる。米軍は日本軍の遺体を「埋葬」したのではなくて、「モノ」として「処理」していたとしか思えなかった。

 2012年7月。私は、島中央にある自衛隊滑走路の西側で、遺骨を掘っていた。

 東京都心から1250キロ南の島で、長袖長ズボン、ヘルメットをかぶっての作業だ。そんな過酷な状況で、会ったことが一回もないか、あったとしてもほとんど記憶のない父親の骨を探す遺族を手伝っていると、肉親への愛を感じた。一年中「8月ジャーナリズム」=戦争報道=をしている常夏記者こと私は、新聞記者として遺族に聞きたい事があった。「こんなに苦労しても、遺骨の身元が分かることはほとんどありません。お父さんの骨かどうかは分からないんです。ご存じですか?」と。

 しかし、聞けなかった。

遺骨の身元はほとんど判明しない

 硫黄島に限らず、戦没者遺骨の収容は年々難しくなっている。理由は大まかに言って三つある。

 (1)比較的収容しやすいところから進めてきたため、年を追うごとに難しくなる。

 (2)戦場を知る当事者が少なくなっている。

 (3)現地の地形変化や再開発などで、遺骨の所在地が分かりにくくなっている。

 さらに苦労して遺骨を掘り出しても、当然ながら遺骨に名前が書いてあるわけではない。頼りになるのは遺品だ。たとえば第二次世界大戦末期は本土も戦場だった。米爆撃機のB29が無差別爆撃で魔弾をばらまき、1945年3月10日、たった一晩の東京大空襲で10万人が殺された。日本全体ではおよそ50万人が空襲で死んだとされる。多くは民間人だ。

 戦時中は、衣類に名前などを縫い込んでいて、それがもとに身元が分かることもあった。しかし木綿などもともと植物でできている衣類は、長年土中にあると土に返ってしまう。

 私が遺骨を掘り起こした現場では、多数の遺骨と武器が出土した。しかし衣類はほとんど見つからなかった。私が唯一見たのは、迷彩柄の衣類だ。ビニール製のもので、米軍兵士が使っていたものと思われる。衣類だけから遺骨の身元を特定させることは、ほぼ不可能だ。

 ほかに、遺骨と一緒に名前が記された遺品、たとえば印鑑や万年筆、遺書などが見つかれば、それも身元特定につながるだろう。

 しかし、硫黄島のような激戦地でそれが見つかるのは極めてまれだ。つまり苦労して遺骨を掘り起こしても、ほとんどは身元が分からないのだ。

 …

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栗原俊雄

1967年生まれ、東京都板橋区出身。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院修士課程修了(日本政治史)。96年入社。2003年から学芸部。担当は論壇、日本近現代史。著書に「戦艦大和 生還者たちの証言から」「シベリア抑留 未完の悲劇」「勲章 知られざる素顔」(いずれも岩波新書)、「特攻 戦争と日本人」(中公新書)、「シベリア抑留 最後の帰還者」(角川新書)、「戦後補償裁判」(NHK新書)、「『昭和天皇実録』と戦争」(山川出版社)など。

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