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文学碑の散歩道

生誕地、母校、作品の舞台……。文学者ゆかりの地に立つ碑は文面も由来も形もさまざまだ。一つ一つに物語がある。

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/7 荻窪・旧居跡は公園-与謝野晶子 あふれる心情、琴線に触れ 文芸史に輝く情熱の歌人 /東京

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与謝野晶子
与謝野晶子

 大阪・堺の商家に生まれた与謝野晶子(1878~1942年)は21歳の時、妻子ある与謝野鉄幹(後に雅号を廃して本名の寛を名乗る)と運命的に出会った。周囲の反対を押し切って東京で結婚。上京の2カ月後、晶子は鉄幹の主宰する東京新詩社と伊藤文友館の共版で最初の歌集「みだれ髪」を発表する。「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」に代表される大胆で鮮烈な短歌は、晶子を「情熱の歌人」として世に押し出した。

 そのころ2人が住んでいた家に近い東京・渋谷の道玄坂に、晶子の歌碑が立つ。碑面に彫られた「母遠うて瞳したしき西の山相模か知らず雨雲かゝる」(東京新詩社の機関誌「明星」に掲載)からは、遠く離れた母を思う晶子の心情があふれ出すようだ。

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