戦後の連合国軍総司令部(GHQ)による言論統制下、広島の街なかに張る反戦反核ポスター「辻詩(つじし)」を描いた画家、四國五郎さん(1924~2014年)とその仲間たち、そして木内みどりさんの行動には共通点がある。四國さんの長男、光さん(64)はこう教えてくれた。「『沈黙してはいけない』と市民に呼びかけることであり、声を上げることができない人に『あなたは孤立していない』とサインを送ることだ」と言う。【企画編集室・沢田石洋史】
広島を拠点にしていた劇作家、土屋清(1930~87年)に「河」という作品がある。言論統制下の広島で「原爆詩集」で知られる詩人、峠三吉(1917~53年)や四國さんらが繰り広げた抵抗運動を題材にしている。土屋は峠の盟友だった四國さんらに取材し、「原爆詩集」や峠が主宰したサークル誌「われらの詩(うた)」に収められた詩を盛り込んで「河」を書き上げた。
初演は63年。第3幕第2場は実際に起きた出来事を基に、朝鮮戦争が勃発して間もない「50年8月6日」を描く。
反占領軍的な集会やデモが禁止され、市民が沈黙を強いられる中、ビルから舞い降りてきた無数の「反戦ビラ」に市民が群がる。実際にビラをまいた峠とその仲間たちは劇中、当時の光景を次のような「群読」で伝える。この芝居の上演台本や解説などを収めた本「ヒロシマの『河』 劇作家・土屋清の青春群像劇」(藤原書店)から引用する。
<ひらひら ひらひら 夏雲をバックに 蔭になり 陽に光り 無数のビラが舞い あお向けた顔の上 のばして手の中 飢えた心の底に ゆっくりと散りこむ>
大切な人を戦争と原爆で失った市民にとって、自分たちの思いを代弁したビラは「飢えた心」に染み入ったに違いない。
詩と絵で表現した反戦反核ポスターを街なかに張り出して抗議する辻詩も当時の抵抗運動の一つだ。光さんは昨年11月、東京・上野の東京芸大上野キャンパスで行った講演で、「河」という作品と辻詩について、次のように解説した。
「作者の土屋清さんは、四國五郎から延々と話を聞き、峠三吉像をつくっていきました。だから、作品で峠と四國は一体化して描かれている。峠も四國も『我々は反対している』という意思を公共の場で可視化し、権力者にプレッシャーをかけていく。それが大事なんですね。もう一つ大切なのは、声を上げることができない『隠れた賛同者』に『仲間がいるよ、孤立していないよ』とサインを送る。そういう意味合いがある」
そして、現代に重ね合わせてこう続けた。
「ガンジーの非暴力不服従やナチスに対する抵抗運動、ベトナムの反戦運動もそうですが、市民運動の思想的な支えは、非常にシンプルな事だと思うんです。組織ではなく個人の良心に従う、これに尽きる。悪い規則には従わず、非暴力で対抗する。同調圧力に流されず、公の場で意思表示する。そんたく人間ではなく、自立した個人であれということです。これは、今の日本で一番大事にしなければならないことだと思います」
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