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#最後の1年 東洋大陸上部

選手の先を走る、もう一人のランナー 東洋大、いざ箱根へ

昨年10月の全日本50キロ競歩高畠大会で川野将虎(左)が優勝。レースで三宅優太(右)はラップタイム測定やフォームの動画撮影に奔走していた=山形県高畠町で2019年10月27日午前11時35分、小林悠太撮影

 「ウィズコロナ」の考えが浸透し、夏以降、スポーツ大会も再開の流れになっている。年明けの箱根駅伝も開催される見通しで、大学陸上界も活気づいてきた。名門・東洋大陸上競技部も新型コロナウイルスの感染対策に万全を期しながら、10位と低迷した前回の箱根駅伝からの巻き返しを図る。コロナによる不確実さがつきまとう中、選手を守るために奔走する4年のマネジャー、三宅優太(22)の「先を読む力」が大きな支えとなっている。

 大学陸上界で今季初の主要大会となった9月11~13日の新潟市での日本学生陸上競技対校選手権大会。「鉄紺」のユニホームをまとった東洋大の4年生がコロナ下の鬱憤を晴らすように躍動した。大会初日の1万メートルでエース格、西山和弥(21)が日本選手2番手の5位と健闘し、翌12日の1万メートル競歩では東京オリンピック20キロ競歩代表の池田向希(こうき、22歳)が大会新で優勝した。

 その時、三宅は埼玉県川越市内の陸上部寮にいた。通常は必ず同行するが、感染対策で付き添い人数が制限されたためだ。だができないことを悔やむのではなく、できることがないか工夫するのが三宅の身上。駅伝シーズンへ向け、一体感を高めようと、ノートパソコンを手にした。大会に出場せず、寮のトレーニングルームで汗を流すチームメートたちに現地の中継映像を見せて一緒に応援した。「制約がある中だからこそ、よりマネジャーの資質が問われる」と自覚する。

「お荷物」と悩み、退部を検討

 三宅は千葉県我孫子市に生まれ、小学5年から陸上を始めた。高校は隣の茨城県の東洋大牛久高(牛久市)に進んだ。無名の選手だったが、転機は高校2年。部を強化するため、千葉・市船橋高を全国高校駅伝に復活出場させた鈴木勝男氏が新監督に就いた。練習量が増え、5人ほどいた1学年上の先輩は全員退部したが、「球技の苦手な自分が唯一できるスポーツが陸上。決めたことはやり通したい」と踏ん張り、頭角を現した。

 3年時の2016年6月、県大会を突破して初めて北関東大会の5000メートルに出場した。後に大学で同期となる西山は群馬・東京農大二高から、吉川洋次(22)は栃木・那須拓陽高から出場していた。優勝した西山からは50秒以上、4位だった吉川からも40秒以上遅れての17位だった。それでも「自分はまだ伸びしろがある。高校で終われない」と思い、「雲の上の存在」だった東洋大で箱根駅伝を目指そうと決めた。

 17年春、入部すると現実は厳しかった。今までの2倍近い30キロの走り込みなどのハードな練習で、すぐに右脚を痛めた。練習が続けられず、満足な状態で記録会に出ることすらできなかった。

 一方、同期の西山と吉川は1年時から大学3大駅伝でメンバー入り。18年正月の箱根駅伝では1区の西山が区間賞、4区の吉川が区間2位でつなぎ、往路優勝に貢献した。「復調の兆しすらない。西山らの足を引っ張っていて、完全にお荷物。レベルが違うと肌で感じた」と絶望した。

 翌2月、酒井俊幸監督(44)に退部を相談した。すると予想外の返答があった。「マネジャーという選択もあるぞ」

マネジャーは…

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小林悠太

毎日新聞東京本社運動部。1983年、埼玉県生まれ。2006年入社。甲府支局、西部運動課を経て、16年から東京本社運動部。リオデジャネイロ五輪を現地取材した。バドミントン、陸上、バレーボールなどを担当。学生時代、184センチの身長を生かそうとバレーに熱中。幼稚園児の長男、次男とバレーのパスをするのが目下の夢。

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