与謝野晶子が最晩年に揮毫「百首屏風」確認 11月18日から堺市で初公開

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歌人・与謝野晶子=鞍馬寺蔵(与謝野晶子記念館提供)
歌人・与謝野晶子=鞍馬寺蔵(与謝野晶子記念館提供)

 歌人・与謝野晶子(1878~1942年)が最晩年に自らの歌を揮毫(きごう)した「百首屏風(びょうぶ)」を与謝野晶子記念館(堺市堺区)が確認した。百首屏風は全国に20点以上あるが、晶子はこの屏風を書いた2カ月後に脳出血で半身不随になっており、最後のものとみられる。代表作「みだれ髪」の歌が書かれた屏風は他になく、23ある歌集のほぼ全てから歌を選んでいることから、専門家は「集大成と言える内容だ」と話している。

 屏風は二つ折りで、縦175・4センチ、横91・5センチ。20~50代に詠んだ148首が、和紙の余白を埋め尽くすようにびっしりと墨書されている。1901(明治34)年に発刊された最初の歌集「みだれ髪」からは、いずれも後に夫となる歌人の鉄幹(本名・寛、1873~1935年)への恋心をつづった「清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢(あ)ふ人皆うつくしき」と、「何となく君に待たるるここちしていでし花野の夕月…

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