フランス「冒瀆する自由」とイスラム教 相次ぐテロの先にあるのは…共存か衝突か

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殺害された教諭を追悼する集会に参加する人々=パリ近郊コンフランサントノリーヌで2020年10月20日、AP
殺害された教諭を追悼する集会に参加する人々=パリ近郊コンフランサントノリーヌで2020年10月20日、AP

 パリ近郊の路上で10月16日に起きたテロ事件は、「表現の自由」を擁護する仏政府とイスラム教徒との深い溝を再び浮き彫りにしている。29日には南部ニースのカトリック教会で、イスラム教徒の男が刃物で男女3人を殺害した。仏国内外で摩擦を抱えてでも風刺画の掲載を支持するマクロン大統領が「自らの存在をかけた闘い」と言い切る背景には何があるのか。

革命の原動力、普遍的価値を生んだ自負も

 「先生、あなたが教えた自由を私たちは守る」。マクロン氏は21日、パリ郊外で殺害された中学教諭、サミュエル・パティさん(47)の追悼式で、こう述べた。パティさんは表現の自由を授業で取り上げ、仏風刺週刊紙「シャルリーエブド」がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を生徒に見せたことがきっかけで襲撃されたとみられる。

 フランスで表現の自由が重要視されるのは、1789年からのフランス革命で、人々の自由な意見表明が王政とそれを支えたカトリック教会という権力を倒したという自負があり、国の根幹をなす権利と受け止められているからだ。1881年には冒瀆(ぼうとく)罪を廃止。宗教を批判したり、その象徴を傷つけたりしても罰せられない。今も冒瀆罪があるイタリアやスペイン、ドイツなどと比べ、フランスの自由を特徴付けている。

 仏の人間科学者、リュシー・ブルゲ氏は仏紙への寄稿で「(表現、冒瀆の自由は)数世紀をかけた闘いの末に、民主主義が独裁者から勝ち取ったものだ。このおかげで、強力な王権や神々、タブーに挑戦することができた」と解説する。特に保守層では、こうした批判精神が自制に追い込まれることへの抵抗が強い。

 シャルリーエブド紙はこれまで、…

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