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わが町にも歴史あり・知られざる大阪

人知れず建つ碑や地名などをよすがに、今につながる大阪の知られざる歴史を掘り起こします。

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わが町にも歴史あり・知られざる大阪

/541 東高野街道/37 /大阪

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往生院の門前に建つ本陣跡の石柱=東大阪市六万寺町で、松井宏員撮影
往生院の門前に建つ本陣跡の石柱=東大阪市六万寺町で、松井宏員撮影

 ◆東大阪市

「四條畷の戦い東大阪」説

 再び枚岡神社に戻って、楠正行縁(ゆかり)の井戸である。ゆかりとは記してあるが、どういうゆかりがあるのかわからない。山根真人祢宜(ねぎ)に尋ねると「首洗い井戸です」との答え。

 父正成亡き後、南朝の大黒柱として北朝と戦った正行は、1348(正平3)年の四條畷の戦いで北朝の高師直らの大軍に敗れて自刃した。その舞台は四條畷市で、正行の墓も四條畷にあったが……。

 その正行の首を洗ったと伝わるとは、どういうことか? 「実は四條畷の戦いは東大阪だったといわれてるんです」と山根さん。初めて聞きました。地図で確かめると、ここより南に四条の地名があり、小学校や中学校に縄手の校名がある。旧村の名前が縄手。東大阪に四条縄手があったのだ。「山の上から鐘や太鼓、ときの声が聞こえてくる」という地元の人もいるという。

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