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電線、ケーブル…根こそぎ消えた 南アフリカの鉄道、略奪天国に コロナで停止

電線が盗まれ、電車が来なくなった駅のホーム。地元の若者が談笑していた=南アフリカ・ヨハネスブルクで2020年10月26日午前11時32分、平野光芳撮影

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 新型コロナウイルス対策のロックダウン(都市封鎖)で3~6月に営業を見合わせた南アフリカの都市近郊電車路線で、電線やケーブルなど設備の略奪・破壊が相次いでいる。電車が走らなくなり、警備が手薄になったところを狙われた。約2200キロある路線の大半で運転が再開できていない深刻な状態が続いている。【ヨハネスブルク平野光芳】

 枕木の間から生えた雑草がひざ丈ほどまで伸び、黄色いかれんな花を咲かせていた。南アの最大都市・ヨハネスブルク南西部にあるソウェト地区。半年以上電車が通っていないという線路の上を歩くと、略奪の痕跡が至るところで目についた。頭上にあったはずの架線はほとんどなく、絶縁器具だけがゆらゆらとぶら下がる。線路脇には長い溝が掘られて、地中の通信ケーブルが根こそぎ取られていた。信号機も根元から倒され、中の電子機器がない。

線路脇の地面をスコップで掘り起こす男たち。地下のケーブルを盗もうとしているとみられる=南アフリカ・ヨハネスブルクで2020年10月26日午後1時3分、平野光芳撮影

 同地区内にあるクリップタウン駅。無人のホームの上を歩いていると、線路脇で5人ほどの若い男らがスコップで地面を掘っているのが見えた。カメラを向けると「写真を撮るな!」と鋭い声が返ってきた。白昼堂々、地中のケーブルを盗んでいるようだ。駅舎は廃虚同然になっていた。プラスチック製の待合用の椅子は粉々に砕かれ、金属製の階段の手すりは切り取られてなくなっている。事務室、トイレ、切符売り場……。いずれも略奪や放火の被害に遭い、屋根は抜け落ちて内部はがれきの山だった。

 「カネがぶら下がっているようなものだ」。ヨハネスブルク周辺で鉄道設備の略奪を続けているという50代後半の男が、自宅で取材に応じた。毎晩、午前1~4時ごろに3、4人の仲間と共に「現場」に向かう。線路の電柱によじのぼり、のこぎりなどで電線を切り落としていく。地上で運びやすいサイズに切り分け、車に載せてスクラップ屋に持ち込んで現金化する。狙うのは高値で売れる銅製などのケーブルだ。レールは鋼鉄製で単価が安い上、持ち運びが難しいため取らない。

鉄道のケーブルを毎晩のように盗んでいるという男が取材に応じた。自宅前にはケーブルが無造作にぶら下げられていた=2020年10月28日正午、平野光芳撮影

 男は鉄道のケーブル盗をコロナ禍以前から行っていたが、高圧電流が流れる線を奪うのは命の危険を伴う行為だった。それがロックダウンによる全面運休以降は「格段にやりやすくなった」という。うまくいけば一晩で、グループで3万ランド(約20万4000円)を稼げる。「政治家は汚職でもうけている。俺たちも生活のためにケーブルを盗んで何が悪いんだ」。男はこう強弁した。

 だが、マイカーが持てない庶民にとって、定期割引もある電車は最も安価で重要な交通手段であり、影響は甚大だ。ヨハネスブルク近郊のレンズ駅前の家具店に勤めるファニさん(34)は約15キロ離れた自宅から毎日通勤している。通勤費は電車なら定期券で週に40ランド(約270円)で済むが、現在は割高な小型の乗り合いバスを使わざるを得ない。1日で48ランド(約330円)かかり、給与の3割ほどが通勤費に消えるという。「電車がなくなって生活が厳しくなった。早く復旧させてほしい」と嘆く。

駅前の家具店に勤めるファニさん(中央)。通勤で安価な電車が使えなくなり、生活が苦しくなったという=2020年10月26日午前10時39分、平野光芳撮影

 南アの鉄道工学の専門家、ウィレム・スプロン氏は「運営する旅客鉄道公社の警備態勢が不十分で被害を食い止められなかった」と指摘する。電線の復旧だけで路線1キロ当たり400万ランド(約2700万円)という巨額の費用が予想されるといい、「これ以上の被害が出なかったとしても、復旧までに3年はかかるだろう」と推測する。

 施設が壊滅的な打撃を受けた近郊路線では、旅客鉄道会社が「苦肉の策」として気動車を使った部分営業を始めている。ヨハネスブルク近郊の駅では、パンタグラフを下ろしたままの電車が、黒い煙を吐くディーゼル機関車に先導されてホームに入ってくる。貨物鉄道会社からレンタルし、ヨハネスブルク近郊では11ある路線のうち3路線程度で乗客を乗せて通常より本数を減らして走っている。

ディーゼル機関車に先導されて応急運転する列車=南アフリカ・ヨハネスブルクで2020年10月28日午後2時8分、平野光芳撮影

 だがスプロン氏は「暫定利用はできても、完全に電車の代わりにはならない」と指摘する。レールと枕木の接続部分の金属が盗まれているケースが多く、ディーゼル機関車で走らせるにしても事前の修理や安全確認が必要だ。また略奪により信号ケーブルも被害を受けたため、運行中の事故リスクが高まっている。さらにディーゼル機関車の数も限られている上に、燃料代は電車の6倍程度になり経済的にも不利という。

 南ア政府が急ぐのは、鉄道の警備態勢の再構築だ。警備が不十分なまま復旧工事を始めれば、再び同じような被害に遭うのは目に見えているためだ。旅客鉄道公社は2019年後半、「規則から外れ違法な点がある」として民間警備会社との契約解除を決めた。その後、代わりの警備会社が決まらないままロックダウンに突入し、深刻な被害につながった経緯がある。

略奪被害に遭った線路脇の信号機=南アフリカ・ヨハネスブルクで2020年10月26日午後0時14分、平野光芳撮影

 今回、南ア政府は警備強化のため9億ランド(約61億円)規模の予算案を策定。公社は約3100人の警備員・監視員を7月から新たに直接雇用したり、ドローンや防犯カメラを増やしたりする計画だ。ラマポーザ大統領は警察による捜査や取り締まりも強化する方針を示している。ただ公社によると、警備員は目標の半分も確保できておらず課題となっている。

 一方、ヨハネスブルク周辺には10年のサッカー・ワールドカップ開催に合わせて開通した「ハウトレイン」(全長80キロ)とよばれる新路線が通っているが、こちらは略奪被害をほぼ免れ、通常運行に戻っている。ハウトレインはロックダウンの運休中も駅舎や線路の警備を継続。線路は地下や高架上にあるか、地上部でもフェンスがあり、略奪犯が侵入するのが難しい構造になっている。

2010年のサッカー・ワールドカップに合わせて開業し、主に中間層以上が利用するハウトレイン。略奪被害を免れ、元の運行に戻っている=首都プレトリアで2020年10月27日午後2時48分、平野光芳撮影

 ハウトレインは最高時速160キロで、富裕層が住む地区や国際空港、首都プレトリアを結ぶ。白人を中心とする富裕層や中間層以上の利用が多く、駅前には駐車場が整備され、パーク・アンド・ライドで通勤に使う人も多い。料金も公社路線より割高だ。

 コロナ禍で貧しい庶民の足となってきた公社線が壊滅的被害を受ける一方、「金持ちの乗り物」(地元住民)は無傷で残った格好で、アパルトヘイト(人種隔離)時代から続く貧富の格差をさらに助長しかねない事態にもなっている。

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