連載

加藤浩子「名画が語る名作オペラ」

音楽物書きの加藤浩子さんが、オペラと絵画という二つの芸術を1本の線で結び、風刺や時代背景を映し出す作品の魅力に迫ります。

連載一覧

加藤浩子「名画が語る名作オペラ」

権力のイコン、悪役への道〜絵画とオペラに見るエリザベス1世

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
「アルマダの肖像画」
「アルマダの肖像画」

 イングランドの女王エリザベス1世(1533~1603年)は、多くの肖像画を描かせた。そのほとんどは、エリザベスを女神のように美化している。肖像画の中の彼女は年をとらず、しわひとつない真っ白な顔を誇らしげにさらし、処女性の象徴である真珠をたわわに飾っている。

 1588年ごろに描かれた「アルマダの肖像画」と呼ばれる一枚は、彼女の数ある肖像画の中でもよく知られた作品だ。盛装した女王の背景に、スペインの無敵艦隊に勝利した「アルマダの戦い」があしらわれているからだ。向かって左に無敵艦隊を迎え撃つイングランド艦隊、右に嵐で壊滅する無敵艦隊を従えて、右手を地球儀に置いている女王。それは弱小国だったイングランドがもはやそうではないと宣言した一枚でもあり、後の大英帝国時代に誇りを持って振り返られる一枚となった。

 けれどイタリア・オペラの世界では、エリザベスは悪役だ。彼女が登場する代表的なオペラにドニゼッティの「マリア・ストゥアルダ」や「ロベルト・デヴェリュー」があるが、前者はエリザベスと彼女が処刑したスコットランド女王メアリー・ステュアートとの葛藤を描き、後者はエリザベスの最後の愛人で、これも彼女が処刑したロバート・デヴェリューとの葛藤を描く。メアリーはイングランドに亡命してエリザベスの保護(と言っても実質的には軟禁だったが)を受けながら度々反逆を企て、ロバートも自分の失敗に逆ギレして反乱を起こした。反逆罪は死刑だ。理はエリザベスにある。

 だがオペラの中のエリザベスは、恋に敗れ、嫉妬のあまり処刑を命じる設定になっている。エリザベスは女として負け犬なのだ。

 権力のある女性が嫉妬深く、憎まれ役になる設定は、人気オペラ「アイーダ」のアムネリスにも共通する、19世紀イタリア・オペラの一つのパターンだった。宗教的な背景もある。エリザベスは父ヘンリー8世が始めたプロテスタントの一派であるイギリス国教会を保護したが、イタリアはカトリックの総本山。エリザベスに処刑されたメアリーはカトリックの女王だった。イタリア人が共感するのも道理なのだ。

 どんな有名人も、時代や国によって評価は変わる。イギリス人が誇る大いなる処女王も、国や時代が違えば悪役に回る。オペラのエリザベスもまた、そのことを教えてくれるのである。

筆者プロフィル

 加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」「バッハ」(平凡社新書)。最新刊は「オペラで楽しむヨーロッパ史」(平凡社新書)。

公式HP

http://www.casa-hiroko.com/

ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る