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常夏通信

その68 戦没者遺骨の戦後史(14) 〝地獄〟硫黄島からの生還者「戦場に聖人君子はいない」

米軍に投降する日本軍兵士=硫黄島(東京都小笠原村)で1945年3月7日撮影

 その元海軍中尉は、私の目をまっすぐに見ながら言った。「むごい、と思いますか? では1週間、いや3日でもいい。飲まず食わずの生活をしてみてください。少しは当時の状況が想像できるかもしれません」。第二次世界大戦末期、硫黄島(東京都小笠原村)の日本軍守備隊は米軍と激戦、2万人が戦死した。生還した大曲覚さん(故人)が、私のインタビューに戦場の地獄を振り返ってくれた。「戦場に聖人君子はいません」

 ペリリューにサイパン、フィリピン、沖縄と旧満州(現中国東北部)。一年中「8月ジャーナリズム」=戦争報道をしている常夏記者こと私は、第二次世界大戦の激戦地から生還した人たちから話を聞いてきた。行軍の途中で歩けなくなった戦友を助けることができなかった。自分のことで精いっぱいだった。逃げ惑う途中、母親が爆撃で倒れた。「あなたたちは逃げなさい」とうながされ、母を置いて現場を離れざるを得なかった。「戦友が死にそうになったら『しめた、明日の食事は自分たちが食べられる』と思った」……。

 「自分だったら、こんな体験は他人に話せないだろうな」という、凄惨(せいさん)な体験を話してくれる人がいた。大曲さんはその一人だ。

 日本軍守備隊およそ2万1000人に対し、米軍の上陸は6万人。最終的には11万人以上に上ったとされる。かつ、上陸前に戦艦などによる執拗(しつよう)な艦砲射撃と爆撃機や戦闘機による空爆を日本軍守備隊に浴びせていた。一方の日本軍は米軍上陸前から食糧難と水不足に苦しんでいた。武器弾薬の補給もとぼしかった。

日本軍の奇跡的な善戦

 大曲さんは海軍の士官として硫黄島で陣地造りを指揮していた。前回見たように、兵士たちは米軍との戦闘前から相当弱っていた。不眠不休の作業に加え、赤痢と飢え、渇きに苦しんでいた。「米軍が上陸してくる前、すでにまともに戦える状態ではなかった」。大曲さんは、当然ながら硫黄島全体における兵士の状態を把握できる立場ではない。しかしながら、全体の状況も似たようなものであっただろう、と想像はできる。

 海軍は船舶という輸送手段があり、陸軍に比べれば食糧や資材はまだ恵まれていたと思われる。ところが陸軍にはない。後者の兵士は大曲さんが見聞した状況より苦しんでいたかもしれない。

 米軍は5日間で占領するつもりだった。ところが、日本軍は1カ月以上組織的な抵抗を続けた。日本軍戦死者およそ2万人に対し、米軍の戦死者は6821人、戦傷者は2万人以上に上った。米軍が戦力で日本軍を圧倒していた戦争末期にあって、前者の死傷者数が後者のそれを超えた戦いであった。

 日本人による小説やノンフィクション、映画などで硫黄島の戦いが繰り返し取り上げられてきたのは、この奇跡的な善戦で倒れた兵士と民間人(硫黄島にはもともとおよそ1000人が暮らしていた。戦火が近付くにつれ強制疎開となったが、一部は「軍属」として島に残り亡くなった)に対する追悼の気持ちがあるからだろう。

 私も同じ気持ちだ。硫黄島だけでなく、何の罪もないまま国策である戦争で亡くなった人たち、家族、共同体を思いながら死んでいった兵士たちを心から悼む。今も苦しんでいる戦争体験者や遺族への取材と執筆を続けているのも、その気持ちがあればこそだ。

「英霊史観」で見えなくなるもの

 しかし私は、犠牲者を「英霊」と呼ぶことはない。「英霊」という言葉を持ち出すと、戦死者への追悼に気持ちが向く一方で、戦争から得るべき教訓、歴史に対して投げかけるべき問いが見えにくくなってしまうのではないか、と危惧するからだ。

 たとえば「どうして、だれがあの戦争を始めたのか」「戦争を始めた人は、硫黄島のような最前線に行ったのか」「1944年夏以降、米軍は日本本土を爆撃していた。日本軍が米本土を爆撃することはほぼ不可能。そんな状態でなぜ戦争を続けたのか」「もっと早く降伏していれ…

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栗原俊雄

1967年生まれ、東京都板橋区出身。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院修士課程修了(日本政治史)。96年入社。2003年から学芸部。担当は論壇、日本近現代史。著書に「戦艦大和 生還者たちの証言から」「シベリア抑留 未完の悲劇」「勲章 知られざる素顔」(いずれも岩波新書)、「特攻 戦争と日本人」(中公新書)、「シベリア抑留 最後の帰還者」(角川新書)、「戦後補償裁判」(NHK新書)、「『昭和天皇実録』と戦争」(山川出版社)など。

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