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東京へ ともに歩む

毎日新聞

開会式と閉会式のチケットの予約申し込みができる当選者を決める公開抽選会=東京都千代田区の日比谷公会堂で1964年1月22日

オリパラこぼれ話

ストーブで暖を取りながら徹夜 列を作るチケット購入希望者

テントを張り、マージャンをしながらチケットの予約整理券の配布を待つ徹夜組=東京都新宿区の国立競技場で1963年11月25日

 寒空の中、長蛇の列が延々と続いた――。1964年の東京大会では、チケット入手のため徹夜や泊まり込みで列に並ぶ体力と忍耐力が求められた。57年前の63年秋から始まったチケット販売。東京都内では先着順で予約整理券を配布し、多くの人が詰めかけた。

 同大会組織委員会の報告書などによると、開会式と閉会式のチケット販売方法は、往復はがきによる全国からの応募者に番号を割り当て、予約申し込みができる当選者を抽選で決めた。開会式の料金は500~8000円。当時の大卒初任給は約2万円である。開閉会式合わせて約6万枚の販売枚数に対し、応募数は約354万人を超えた。64年1月に東京の日比谷公会堂で公開抽選会を開催。宝くじの抽選機を使用し、数字回転板に矢を射る方法で当選番号を決定した。その模様はNHKテレビで放送された。

 競技別のチケットは、第1次販売として63年10~12月に8回に分け、全国各地にある旅行社の営業所やプレイガイドなどで先着順の予約申し込みを受け付けた。東京と大阪では、混雑が予想されたため、国立競技場や神宮球場、大阪市中央体育館などで先着順の予約整理券を配布し、後日申し込みをする方法を取った。初回から徹夜組が出るほどの人気で、夜の寒さをしのぐため、石油ストーブや布団、テントなどを持ち込む人も現れ、マージャンやトランプなどをしながら配布されるまでの時間を待つ人たちもいた。「レベルの高い選手の技を見たい」という大学の運動部員や、「父親にチケットをプレゼントしたい」という子どもらが列を作り、陸上競技など人気競技の際には1週間ほど並んだ人もいた。第2次、第3次販売も先着順での受け付けで、大会当日チケットはほとんどなかったという。

 最終的にチケットの発売総数は約214万枚。組織委が予想していた約70%を大幅に超える約96%が売られ、販売金額は約19億1000万円に達した。

 一方の東京2020大会。組織委が今月10日から、コロナ禍で来年に開催が延期されたチケットの払い戻しを始める。販売当初は公式サイトにアクセスが殺到するなど、手に入れることが困難なチケットだったが、想定外の事態に見舞われた。チケット販売にも大きな影響を及ぼす新型コロナウイルス。組織委はその感染拡大防止のために、政府などと調整会議を開いてアスリートや観客らの対応を協議している。五輪史上に残る対策を世界に示す機会として受け止めたい。【関根浩一】

石油ストーブで暖を取りながらチケットの予約整理券の配布を待つ人たち=東京都新宿区の国立競技場で1963年11月14日

関根浩一

東京本社オリンピック・パラリンピック室委員。1985年入社。東京本社事業本部、千葉支局、成田支局、情報編成総センターなどを経て、2017年4月からオリンピック・パラリンピック室。サッカー観戦が趣味でこれまで多くの日本代表戦に足を運んでいる。最近はスコッチのソーダ割りを飲みながらボサノバを聴くのが楽しみ。