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時の在りか

三島事件50年の軍と大衆=伊藤智永

割腹自殺前に演説する三島由紀夫=陸上自衛隊市ケ谷駐屯地で1970年11月25日、草刈郁夫撮影

 1970年11月25日、三島由紀夫は自刃した。自衛隊にクーデターを起こさせ、憲法に国軍と明記させるという計画に現実味はない。真相は知能の鋭すぎる作家が、独自の美意識と死生観を自己完結させた異形の思想事件である。だから当時の政治家は「気が狂った」(佐藤栄作首相)「迷惑千万」(中曽根康弘防衛庁長官)とひとごとで済ませた。

 「仮面の告白」「金閣寺」など自意識過剰の軟派だった三島が、「憂国」を説き軍に熱中しだすのは60年安保がきっかけである。新安保条約自然承認の夜、三島は数万人の群衆を見物し、6月25日付毎日新聞に寄稿した(引用は適宜省略)。三島は岸信介首相の孤影を幻視する。

 「彼は無理やりに軽蔑の微笑をうかべているはずであった。彼は元戦犯だから、権謀術数の人だから、向米一辺倒だから悪いのではない。悪いのは、小さなニヒリストだからである。民衆の直感は、その声、しゃべり方、風貌、態度、あらゆるものから、氏が何もかも信じることのできない性格だということは直感的にわかっており、こうした氏の不幸が不信と不安の種子をまいている」

 確かに岸は「国民の大部分は安保改定に関心を持っていない」と割り切ったからこそ改定を強行した。

 三島の不信は、政治を皮膚感覚でとらえる民衆へ向けられる。「皮膚は敏感だが盲目的で、小さなニヒリストを忌避しているうちに、大きなニヒリストを受け入れる危険がある。岸が何となく嫌いという心理は、容易に誰それが何となく好きという心理に移行する。もっと危険なものをつかむ」というのだ。

 林立するプラカードには「日本語の極度の混乱を見た。歴史的概念はゆがめられ、変形され、一つの言葉が正反対の意味を含んでいる。社会党の審議拒否も、全学連の国会突入も、政府の単独採決も、同じ議会主義というスローガンの下になされ、民主主義という言葉は、代議制議会制度から共産主義革命までの全てを包含している。うその言葉を、それと知りながら使うのは、紛れもないニヒリズムの兆候」と慨嘆する。

 政治や言葉さえ大量消費する大衆社会の空っぽな精神。安保反対の挫折と異質の安保体験が、戦後の虚妄にあらがう特異な行動へ三島を駆り立て、10年後の惨劇に至った。

    *    *

 今や三島事件は語られない。にもかかわらず日本政治は…

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