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学術会議任命拒否

日本学術会議が推薦した新会員候補6人を菅首相が任命しなかった。極めて異例の事態の背景や問題点を追います。

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継承「強引人事」

「首相は裸の王様になりかねない」 杉田官房副長官に退任言い渡された元官僚の警告

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記者の質問に答える元内閣法制局長官の山本庸幸氏=東京都千代田区で2020年11月5日、玉城達郎撮影
記者の質問に答える元内閣法制局長官の山本庸幸氏=東京都千代田区で2020年11月5日、玉城達郎撮影

 菅政権が日本学術会議の新会員候補を任命しなかった問題で、除外決定の「キーマン」とされるのが首相官邸事務方トップの杉田和博官房副長官だ。「法の番人」とも呼ばれる内閣法制局のトップだった山本庸幸・元内閣法制局長官(71)は7年前、その杉田氏から突然、長官退任を言い渡された。当時の安倍晋三首相が目指していた集団的自衛権の行使容認に向け、内閣法制局の慣行を破って長官を交代させた人事は、政権の意に沿わない人物を除外する政治手法の象徴として議論を呼んだ。「人事を主導したのは杉田氏だったのではないか」と振り返る山本氏に、菅政権へと引き継がれた官邸主導人事の実態について聞いた。【聞き手・青木純】

「参院選後に辞めてもらうことになっている」

 内閣法制局長官を辞することになったのは、2013年の6月ごろだった。首相官邸で開かれた閣議の後、杉田さんから「あ、ちょっと」と呼び止められ、立ち話の形で「君には7月21日の参院選の後に辞めてもらうことになっているから」と言われた。長官は政治任用ポストである特別職の国家公務員なのでそう言われれば従うしかないが、後任の名前を聞いて本当に驚いた。それは内閣法制局での勤務経験が全くない小松一郎駐仏大使(当時、14年に死去)だったからだ。

 内閣法制局では、これまで第2~4部の部長経験者の中から第1部長になる人が決まり、その第1部長が法制次長、そして長官に昇任するという人事慣行が続いてきた。これは、膨大な数の法案の審査を通じて能力のある人を選別し、誰が見ても「この人しかいない」という人をトップに据えるための知恵だ。そういう人ならば当然、憲法解釈も安定的に行うことができる。人事の独立の確保も重要だ。内閣にとって耳に痛いことでも「従来の法律の解釈や判例を踏まえると、これが客観的な解釈です」とはっきり言えるようでないと、与野党双方から信頼してもらえなくなる。このため私はてっきり、当時の横畠裕介・内閣法制次長が長官に昇任するものだと思っていた。

小松さんには深く同情している

 私の後任となった小松さんは第1次安倍政権のころ、集団的自衛権の行使容認の必要性を訴えた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を仕切った人だと聞いていた。だからそうした人を長官に据えることで、内閣法制局に憲法解釈の変更を迫ろうというのが官邸首脳の考えなのだろうと受け取った。

 もっとも、小松さん自身は集団的自衛権に対して抑制的な考え方を持っていたのではないか、というのが私の印象だ。新旧長官として2人であいさつ回りをした後、乗っていた車がもうすぐ内閣法制局の建物に着くという時、私から「小松さんは憲法と国際法、どちらが優先すると思っていますか」と尋ねた。すると、それまで雄弁にしゃべっていた小松さんが突然黙り込んだ。憲法についてよく分かっているからこそ、どのような道筋で取り組めばよいのか深く悩んでいたのだと思う。

 長年の人事慣行というものは、それなりの合理性があるものだ。内閣法制局の場合は、外からはあまり見えないが、膨大な量の法案審査があり、長官はこれをこなすだけでも激務だ。それにもかかわらず、集団的自衛権のワンポイントリリーフとして外から未経験の人を持ってきたのだが、これには、やはり無理があったと言わざるを得ない。私は、亡くなられた小松一郎さんには、深く同情している。

「うるさ型」が気付いたら渦から出されていた

 実は、私は12年12月の第2次安倍政権発足の数日前、安倍氏の側近から「首相は集団的自衛権の行使容認を希望されている。どう思うか」と聞かれ、「集団的自衛権を真正面から行使するのは憲法上できない」と答えていた。と同時に…

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【学術会議任命拒否】

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