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学術会議任命拒否

日本学術会議が推薦した新会員候補6人を菅首相が任命しなかった。極めて異例の事態の背景や問題点を追います。

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継承「強引人事」

「余裕とゆとり」がない菅政権が「相手を間違えた」迷走 御厨貴氏が読む任命拒否

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御厨貴東京大名誉教授=東京都港区で2019年2月13日、和田大典撮影
御厨貴東京大名誉教授=東京都港区で2019年2月13日、和田大典撮影

 菅義偉首相は日本学術会議の新会員候補6人を任命拒否した問題で、「多様性が大事だということを念頭に、私が任命権者として判断を行った」と繰り返す。しかし、インタビューなどで数多くの与野党政治家と接してきた御厨貴・東京大名誉教授(69)には、学術会議を巡る問題は「余裕とゆとり」「多様性」を失った最近の自民党政権を象徴しているように見えるという。1990年代の政治改革から始まった政治主導やスピード重視の改革が、第2次安倍政権、そして菅政権へと継承されている。第2次安倍政権で天皇退位の有識者会議座長代理を務め、菅氏や杉田和博官房副長官をよく知る政治学者は、行き過ぎた改革がもたらす政治状況を危惧する。【聞き手・立野将弘】

任命権行使にこだわる菅氏

 日本学術会議の歴史は古く、49年に発足した。科学者が戦争へ協力した反省から、政府とは独立した一定の発言権を持たせた学者集団を作ろうと、初期の会員は学者による選挙で選ばれた。ただし、選挙制度を導入すると、必ずある特定の集団から毎回当選する人も出てくる。学者的な業績がない人でも、選挙をうまく回せる人が毎回当選する事態も生じた。その結果、学術会議は特定の政党の影響力が強いと見なす人も出てきた。

 それを改革したのが「戦後政治の総決算」を掲げた中曽根康弘元首相で、83年に各学会が推薦して、学術会議が人事案の名簿を首相に提出する形に変わった。改革される学術会議の側からすると、首相によって実質的に任命権を行使されては困る。中曽根氏が当時の国会で「政府が行うのは形式的任命に過ぎない」と答弁したのは、学術会議に配慮したある種の妥協策で、任命しないことは無論想定していなかった。にもかかわらず今回、その後の改革を経た後、「任命拒否」という事態が初めて生じた。菅首相が待ったをかけたのか、杉田官房副長官が待ったをかけたのか、定かではない。しかし、内閣が学術会議に対して事実上の不信任を突きつけたのと同じことになった。

 菅氏とは、テレビ番組で共演したことがあり、先の天皇陛下の退位を巡る政府の有識者会議でも一緒に仕事をしたことがある。当時、菅氏は官房長官だったが、任命権の行使にかなりこだわる人だという印象を持った。…

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【学術会議任命拒否】

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