メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

パラ陸上の日本選手権女子100メートル決勝(義足T64)を終え、笑顔を見せる高桑早生=熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で2020年9月6日、藤井達也撮影

パラアスリート交差点

陸上・高桑早生「その先へ」 パラ普及の輪、消えないで

 7~8日にあったパラ陸上の関東選手権で、今季を終えました。出場した走り幅跳びと100メートルの記録は目標に及ばず、試合で成果を出せないシーズンとなってしまいました。

 今季は特に走り幅跳びが苦しかったです。私のクラス「義足T64」の日本記録は、中西麻耶選手(阪急交通社)が9月の日本選手権でマークした5メートル70で、私の自己ベストは5メートル27。自己ベスト更新を狙った関東大会は、5メートル05と不本意な結果に終わりました。

 この種目に関しては、夏から組み立て直しているところでした。東京パラリンピックの延期を受け、これまでに改善できていなかった空中姿勢と着地を磨いています。関東大会ではある程度の形になりそうな予感があっただけに、大会後の今、そううまくはいかないなと感じています。でも、こういった苦労をしなければ記録は伸びていかないのかな。これまで目をそらしてきたことに取り組めている実感はあります。

 新型コロナウイルスの感染拡大後、最初の公式戦となった9月の日本選手権では試合勘の大切さ、それを取り戻すことの重要性を学びました。本番でしか養えない試合勘を再び研ぎ澄ませるために、この大変な状況下で複数の大会を開催していただけたことは意義深く、感謝するばかりです。

 しかし一方で、「大会を見に行きたい」と声をかけてくださる方がいても、無観客開催や大会自体の中止で、その関心に応えられないのはもどかしく、悔しいです。現場が失われたことで、パラスポーツが忘れ去られないかと、不安がないわけではありません。東京大会に向けて広がりを見せていたパラスポーツ普及の輪が、消えないでほしい。

 東京パラリンピックを見据えると、来季は早々から好記録を出さなければなりませんが、重圧を上回る謎の自信があります。このままトレーニングを続ければ、今季、成績が振るわなかったのも悪くはなかったと思えるシーズンが来るのではないかという気がしています。

 今年で一番状態が良いのは今。ここから新たな歩みが始まるという前向きな気持ちで、オフシーズンのトレーニングに突入します。=次回は2021年2月掲載予定

Q 大切にしている宝物を教えてください。

 A 月並みですが、家族です。母たちと同居していますが、落ち着ける場所があるというのは、アスリートにとっては救いとなります。家族は応援してくれているものの、表立って陸上への関心は示しません。でも、それが居心地の良い環境につながっています。自宅で家族と接している間は競技と適度な距離感を保つことができ、冷静でいられるからです。

 私が取り組んでいることを理解している母ですが、私が「しんどい」とぼやくと、「やめたらいいじゃん」と慰めてもくれません。さらに「いつでもやめていいよ」とまで。突き放されているかのようなやりとりですが、そこまで言われてもやめない自分の陸上に対する意思を、確認する機会になっています。

たかくわ・さき

 埼玉県熊谷市出身。小学6年で骨肉腫を発症し、中学1年で左脚膝下を切断した。慶大2年だった2012年、ロンドン・パラリンピックに初出場。15年世界選手権では走り幅跳びで銅メダルを獲得した。16年リオデジャネイロ・パラリンピックは同5位、100メートル8位、200メートル7位。NTT東日本所属。28歳。