「これが僕のミッション」余命2年を宣告された槇さん、生前葬がくれた夢

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次の目標を見つけた槇仁彦さん
次の目標を見つけた槇仁彦さん

 海水浴場でライフガードを長年務め、悪性度の高い脳腫瘍「グリオーマ」で平均余命は2年と知った神奈川県鎌倉市の保険外交員、槇仁彦さん(30)が11月7日、仲間たちと計画してきた自分のエンディングパーティー(生前葬)を開いた。参加者は友人ら約130人。槇さんのトレードマークのちょんまげが人の輪の中心で揺れている。エンディングパーティーに参加した人たちの思いをメモし、シャッターを切った。【文・生野由佳、写真・丸山博/統合デジタル取材センター】

 エンディングパーティーの話に入る前に、槇さんの病気について説明したい。

 2017年6月8日。槇さんは車を運転中にてんかんの発作に襲われて交通事故を起こした。その後の検査で脳腫瘍が判明し、手術で患部を取り除いた。脳腫瘍は悪性度がグレード1~4の4段階で表されるが、軽い方から2番目の「2」だった。

 しかし、19年7月に再発が確認された。再手術後の今年1月4日、グレードが最も重い4と診断された。

 槇さんがエンディングパーティーを開くことになった思いなどをつづった投稿サイト「note」は多くの人が「元気を与えてくれる」と共感した。そのことを書いた記事にも多くの反響があった。

古民家のレトロな会場で

 エンディングパーティーは11月7日。会場は古民家を改装したホテル「MAYA」(鎌倉市)だ。

 題名は、その日を共有したいという思いを込めて「20201107」にした。レトロな会場には、開放感のあるダイニングキッチン、リビングにはソファ、芝生の庭が広がる。

 午前10時に開場。続々と、招待客が訪れた。ジーンズにパーカというような普段着が多勢を占めた。「3密」を避けるため、午後6時まで出入りは自由で、特にプログラムは用意しなかった。

 レモネードとビールがふるまわれ、なんだか結婚式の2次会のような楽しげな雰囲気だ。10人ぐらいの子供たちも走り回っていた。槇さんの長女杏ちゃん(4)と、長男然(ぜん)ちゃん(2)も一緒だ。

世界にたった一枚のTシャツ

 手作りイベントもあった。槇さんと参加者が思い出話に花を咲かせる。それを福岡県久留米市のアーティスト、北村磨(おさむ)さんが聞きながら、印象的な一言をチョイスし、Tシャツに描くという企画だ。

 横浜市の会社員、三島大輝さん(29)は高校時代の同級生で、同じ陸上部だった。槇さんは「僕はやり投げ、彼は幅跳びと競技は違ったけど、お互いに記録を伸ばそうと励まし合った仲間でした。悔しいことも、うれしいことも一緒に味わいました。ライバルでもありました」と紹介し、2人で「青春だったね」と顔を見合わせて笑った。筆をとった北村さんは「growing pain(成長痛)」と走らせ、2人は「なんか分かる、分かる。そんなイメージだね」と昔を懐かしんだ。

 家族ぐるみで付き合いがある鎌倉市の自営業、平島多佳子さん(28)はコロナ禍で持て余した時間を槇さん宅の広いベランダで過ごしたという。

 槇さんは「ソーシャルディスタンスを保ちながら、DIYで互いに家の棚を作りました」。妻の優さん(30)は「幼稚園のお迎えにも行ってもらったね」。北村さんは「stay home」の文字で構成した、くつろぐ猫と犬の絵を描いた。

 こうして世界にたった一枚のTシャツが次々に描かれ、参加者にプレゼントされた。

パーティーを笑顔で見守る両親

 槇さんの父英夫さん(71)と母親の寧子(やすこ)さん(59)も隣市の藤沢市から訪れた。

 槇さんが交通事故を起こした時、両親の車はその後ろを走っていた。

 寧子さんは「飛び込んでいくように車の進路が変わって……。けががなくて良かったのですが……」。

 その数カ月後、英夫さんは槇さんの「note」を読み、息子が平均余命を告げられ、終活を宣言していることを知る。

 英夫さんは「言葉を失いましたね」、寧子さんは「目の前が真っ暗になりました。しばらくの間、涙しか出ませんでした」と、それぞれ当時を振り返る。

 ただ、サイトには生き抜くための並々ならぬ決意が示されていた。両親は病状を問いただすことはしなかった。ただし、寧子さんは槇さんと会うたびに、親より先立つのではないかという不安から「(あの世に逝ってしまう)順番は守ってよ」と、今も伝えてしまう。

 ただ、このパーティーの計画を知ったころから、両親の気持ちも少しずつ変わってきた。常に前向きな息子に、気持ちが後押しされるようになった。

 「本人の生きる気持ちがすごく伝わってくる。今日は人生のひと区切りで、また一歩、進んでくれると思う。平均余命なんて、あくまで平均と思うようになりました」(英夫さん)

 「集まってくれる友達がいるのかと心配したんですが、大丈夫でしたね。今でも病気のことを思うと心が『うっ』と苦しくなるのですが、息子が前向きなので、私も笑顔でいたいと思います」(寧子さん)

一緒に未来を語る親友たち

 両親の視線の先には、大勢の友人たちに囲まれる息子の姿があった。

 「頭のちょんまげは何なんだよ」との突っ込みから会話が始まったのは、藤沢市の…

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