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#全集中!「鬼滅の刃」考

誰が「鬼」になるかわからない時代、メガヒットは生まれた 精神科医・片田珠美さん

「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」より。主人公・竈門炭治郎は、妹・禰豆子を人間に戻すため、鬼との闘いに身を投じる=吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

 アニメ「鬼滅の刃」が大ヒット中だ。10月16日に公開された劇場版「無限列車編」は、新型コロナウイルスによる自粛ムードを吹き飛ばし、興行収入100億円を史上最速で突破した。その魅力は何なのか。各界の専門家と記者がともに考える。初回は、精神科医で、「他人を攻撃せずにはいられない人」(PHP新書)などの著書のある片田珠美さん。精神分析の視点から、人気の背景に「誰もが鬼になってもおかしくない現代人の不安」があると説く。その意味とは――。【大野友嘉子/統合デジタル取材センター】

 <「鬼滅の刃」の舞台は、人を食べる鬼たちが人間社会の中にすむ大正時代の日本。主人公の竈門炭治郎(かまど・たんじろう)は、家族を鬼に惨殺され、生き残った妹の禰豆子(ねずこ)も、傷口に鬼の総帥・鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)の血が入り、鬼にされてしまう。禰豆子を人間に戻すため、炭治郎は鬼を退治する「鬼殺隊」に加わる>

いつ誰が鬼になるか分からない恐怖

 ――基本は少年ジャンプの王道ともいえる少年の成長物語ですが、人や鬼が死ぬ残酷なシーンも多く、テーマも少年向けとしてはかなり重厚のように感じます。精神分析の観点から、「鬼滅の刃」がこれだけの人気を呼ぶ背景をどう分析していますか?

 ◆自分の身近に鬼がいるかもしれない、今は鬼ではなくてもひょう変するかもしれない。あるいは、自分自身も鬼になるかもしれない――。そういった不安を現代の日本人が抱えていることが、ヒットの背景にあるのではないかと私は思っています。

 どういうことか。従来の日本社会は、鬼を外界に追放し、人間である自分たちは安泰だと思い込んできました。これが「桃太郎」に代表される鬼伝説ですね。しかし「鬼滅の刃」では、無惨をはじめとする鬼たちが、人間社会の内部に潜んでいるものとして描かれているのが特徴です。

 そもそも人はなぜ鬼に恐怖を感じるのか。まず正体不明であること。そして、こちらに危害を加えようという邪悪な意図があると感じること。最後に、邪悪な意図を行動に移すために、特別な力を使うことができるということ。これら三つの要素がそろった時に、人は不気味さを感じると言えます。

 私が2013年に出した「他人を攻撃せずにはいられない人」が多くの読者に受け入れられたのも、周囲から知らぬ間に攻撃され、心を病む人が多いという事情があったのだと思います。いつ誰が鬼になるか分からない、自分も攻撃されるかもしれない。そういった不安を抱える人が非常に多いという印象を受けました。だからこそ「鬼滅の刃」は多くの人の共感を呼び、ヒットしたのだと思います。

 ――自分たちの社会の内部に鬼が潜んでいるかもしれないという不安。そんな心理が強くなったのはいつからなのでしょうか。

 ◆それまで普通だと思っていた人がある日突然、ひょう変して鬼のような振る舞いをすることは昔からありました。最も端的にそれが表れるのが戦争です。これまで良き父、良き夫であった人たちが、敵国兵や民衆に残虐な行為をする。あるいは敵のことを「鬼畜米英」などと称して恐れ憎む。戦後は高度経済成長で、みんなに心の余裕があり、「鬼」の部分は隠されていたわけですが、バブル崩壊後、徐々に余裕がなくなりました。

 そうした中で、誰もが鬼になってもおかしくない時代になったと思ったのが、08年の秋葉原無差別殺傷事件です。殺人罪などで死刑判決を受けた加藤智大死刑囚は、元は普通の派遣社員でした。中学までは優等生で、高校は地元でトップの進学校に合格しました。しかし、その後伸び悩み、短大卒業後は就職できず、派遣社員として転々としていました。加えて、加藤死刑囚は「非モテ」(モテない)だったことをとても気にしていました。

 当時、私が注目したのは、非正規で非モテの若い男性たちの「自分も加藤死刑囚のようになっていたかもしれない」という共感の声の多さです。加藤死刑囚と似た悩みを抱える若者は大勢います。私の外来にも通って来ます。それだけ非正規の若者は収入が少なく、いつ切られるか分からないとおびえているのです。事件を機に、誰が鬼になっても不思議ではない社会が到来したと感じました。

 ――その不安心理は、新型コロナウイルスの感染拡…

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大野友嘉子

東京都出身。2009年入社。津支局、中部報道センター、ウェブ編成センターを経て20年10月から統合デジタル取材センター。主にお笑い、映画、ドラマなどエンタメを取材しています。尊敬する人はキング牧師と太田光。

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