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「私だけではもったいない」シャルル・ボネ症候群の「幻視」を絵に 東京で展覧会

浅野麻里(セアまり)さんの作品「万華鏡」=本人提供

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 視力がほとんどないのに、実在しないものが見える病気「シャルル・ボネ症候群」を患う浅野麻里さん(70)=東京都練馬区=が、自分の見える世界を絵などで表現した展覧会「景絵(ひかりえ)―見えない私が見る世界―」が12日から、東京都豊島区のギャラリーで開かれている。こうした「幻視」の世界が作品として可視化されるのは珍しく、浅野さんは「病気への理解を広め、誰にも言えなくて悩んでいる人を勇気づけたい」と話す。【野村房代/統合デジタル取材センター】

「私の世界は幻想的できれい」

 「セアまり」というペンネームで活動する浅野さんは、難病「網膜色素変性症」で徐々に視力を失い、50歳でほぼ見えなくなった。その後はわずかな視野で光と影のコントラストを感じる程度だが、ほかの人には見えていない、存在するはずのないものが見えることに気付いた。ボーダー柄の服が鏡の向こうで幾何学模様に変化したり、ヨーロッパの石畳のような風景や、動物に変形する人の顔が現れたりするのだ。大病院を受診しても相手にされなかったが15年前、それが「シャルル・ボネ症候群」だと知った。

 シャルル・ボネ症候群は、視力の低下で目から得られる情報が激減した時、その情報不足を補おうとする脳の働きによって、独自に像が作られる病気。最初に発見したスイスの博物学者の名前から病名がついた。白内障や加齢黄斑変性症などの高齢患者に多く、両目の視力が0.1以下になった人の1割程度が経験するとされる。一方、眼科医や精神科医にも広く知られていないため認知症などと誤診されることも多く、確立した治療法はない。

浅野麻里(セアまり)さんの作品「ドライブ中に」=本人提供

 精神疾患でみられる幻覚などと違って、本人には実在しないものが見えているという認識があり、脳の異常もみられないのが特徴だが「おかしくなったと思われるのではないか」とおそれ、周囲に申告できない人が多いという。

 両親が画家で、20歳から染色家として活動していた浅野さん。視力を失ったことでその道が閉ざされ、「生きている意味があるのか」とふさぎ込んだ。そんな時、友人に誘われて潜った沖縄の海の美しさに魅せられ、ダイビングの道へ。フリーダイビング(素潜り)の国際大会に、ただ一人の視覚障害者として出場するまでになった。度々訪れていた沖縄で、知り合いの画家に病気のことを打ち明けると「いくらでも絵の題材があるなんて、うらやましい」と言われ、はっとした。

 「同じ病気でも、汚い像しか見えないという人もいる。絶えず出てきて疲れるけど、私の世界は幻想的できれい。自分の中だけにとどめておくのはもったいない」。昨年9月から、友人たちの助けを得て作品制作を始めた。

コロナ乗り越え個展開催

 苦心したのは、浅野さんの世界を再現するための手法を探すこと。20年来の友人、古内綾子さん(63)と、浅野さんにパソコンを指導していた後藤美紀さん(32)は「透明な層が何十も重なっている感じ」を表現するため、アクリル板を重ね、その上に着色することを思いついた。古内さんが旧知の工房に頼み、アクリル板を収納し、光を当てるライトも内蔵できる装置を制作してもらった。後藤さんは浅野さんから聞き取った風景や模様をパソコンで加工し、透明なシールに出力してアクリル板に貼り付けた。

後藤美紀さん(左)に位置を誘導されながらアクリル板に絵を描く浅野麻里(セアまり)さん=東京都練馬区で2020年11月6日、野村房代撮影

 人や動物の絵は、浅野さんがアクリル板に直接描いた。あらゆる画材を試し、行き着いたのが透明感が出るマニキュアとサインペン。浅野さんの視野はストローの穴ほどの狭さで全体像が見えないため、既に描いた部分を古内さんがマスキングテープで隠したり、そばで声がけしたりしながら作業を進めた。

 制作には、コロナ禍の壁も大きく立ちはだかった。「私の人生の集大成にしよう」。そんな思いで、展覧会は当初、浅野さんが70歳の誕生日を迎える今年5月に開催を予定していた。だが緊急事態宣言で延期となり、密室での制作作業も中断。アクリル板に描いたものを修正するにはエタノールが必要だったが、消毒液の需要高騰で調達できなくなる災難にも見舞われた。

 光を間近に当てた長時間の作業は目にダメージを与え、制作開始当初よりもさらに見えづらくなったという。9月に誕生した孫の顔も、目の白黒しか判別できなくなった。それでも「まあいいか、は私にはないんです。見えないのに求めるレベルが高すぎる、と言われることもあるけど、見えないからと妥協したくない」。何度もやり直しを重ね、1年がかりで13点の作品を完成させた。

 古内さんは「麻里さんが見える世界をこれまで言葉ではずっと説明してもらっていたけれど、ようやく目で見られる形になってうれしい」と喜ぶ。後藤さんも「展覧会をきっかけに、麻里さんの世界をより忠実に再現できる動画の手法や、技術を持った協力者が見つかれば」と期待する。

光と影が混じり合い、開ける視界

 展覧会のタイトルは「景絵(ひかりえ)」。「景」は本来、「かげ」と読む。なぜ「ひかり」なのだろうか。浅野さんはこう語る。「海に潜っている時、光と影が絶妙なバランスで混じり合った時に、ふと視界が開けることがあるんです。影があるから光を感じられ、形が見える。人生も同じで、目が見えなくなったことで得られた体験、人の縁を面白がろうと思って生きています。目が見えるままだったら、口うるさいだけの厄介なおばさんになっていたでしょうね」

 シャルル・ボネ症候群に詳しい井上眼科病院(東京都千代田区)の若倉雅登医師は「シャルル・ボネの世界が作品として可視化されるのは例がないのでは。これをきっかけに、病気への理解が広まり、症状を言い出せない人が言えるような環境になってほしい」と話す。

現在のパートナーである盲導犬べぇべを抱く浅野麻里(セアまり)さん=東京都練馬区で2020年11月6日、野村房代撮影

 展覧会では、ダイビング中の浅野さんを写したカメラマン、速形豪さんの写真や、浅野さんがともに生活する盲導犬との日々を描いた絵本「もうどうけん ふりふりとまり」(幻冬舎エデュケーション)、「もうどう犬べぇべ」(ほるぷ出版)の原画も同時に展示する。豊島区南池袋2-25-5藤久ビル東五館14階の「ギャラリー路草」(電話03・5843・3371)で17日まで、午前11時~午後7時(最終日は午後3時まで)、入場無料。

野村房代

2002年入社。岡山支局、東京・生活報道部などを経て20年春から統合デジタル取材センター。ファッション、アート、カルチャーについて主に取材。また、障害や差別など光が当たりづらいマイノリティーの問題に関心がある。1児の母。共著に「SNS暴力 なぜ人は匿名の暴力をふるうのか」(毎日新聞出版、2020年9月発売)

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