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東京へ ともに歩む

毎日新聞

女性アスリートの体の問題についてもSNSなどで積極的に発信する新谷仁美=東京都内で2020年10月6日午後2時55分、小林悠太撮影

Passion

物言うアスリート、新谷仁美 一時引退した3年間で悟った真実

 陸上女子ハーフマラソン日本記録保持者の新谷仁美(32)。中長距離のエリート街道を歩いていたが、その生活をいったんやめた。選手としてピークを迎えるはずの20代半ば。パチンコ関連企業で事務職として3年間働き、物言うアスリートに変身を遂げたのだ。

 新型コロナウイルスの感染拡大で来夏に延期され、開催可否の世論を二分する東京オリンピックにもはっきりと意見を示す。「五輪はお祭りでみんなが楽しくなる場所。反対の人を抑え込んでやるべきだとは思わない。選手も『やりたい』と言うだけでなく、現実を見て、反対される理由も耳にした上で開催を求める意見を表明すべきです」。コロナ下の五輪の価値にも「結果だけでなく、人間性も見られます。どう伝えるか難しいが、金メダルを取る以外の重要なことを示せる五輪になるはず」と思いを巡らせる。

全日本実業団対抗駅伝予選会の3区で区間記録を1分以上縮める快走を見せた積水化学の新谷仁美=福岡県福津市で2020年10月18日、徳野仁子撮影

 岡山・興譲館高では全国高校駅伝の花の1区で3年連続区間賞。実業団入り後は日本代表の常連となった。しかし、初出場の2012年ロンドン五輪後に右足底筋膜炎となり、医師から「手術をしても治るか五分五分」と告げられると「治るか分からないのならばやらない」と決意した。その後、13年の世界選手権1万メートルで5位入賞したものの、世界トップとの差を感じ「五輪のメダルは難しい」との思いは変わらず、14年1月に25歳で引退した。

 「一般常識を知りたい」。知人の紹介で14年4月、パチンコ関連企業の社員になり、営業の事務サポートを担った。取引先企業との会議に同席して「ロンドン五輪に出ていた選手」と紹介されると、他社の社員から「走っていればいいんだよね」「楽でいい仕事だね」と言われることは少なくなかった。「普通に応援されていると思っていたが、まさか……」。五輪選手は一般の人に遠い存在だと知らされた。

 雑用だけだと思っていたが、徐々にエクセルを使ってプレゼンテーションの資料を作ることも求められるようになった。「できませんと言えず、何とか提出してもダメ出しばかり。やりがいもなく壁に当たりました」。陸上の方が収入を得る手段として有効だと考え、現役復帰を決めた。引退後も定期的に連絡をもらっていたスポーツメーカー・ナイキの担当者に自ら電話し、17年春に退社後、プロランナーとして契約を結んだのだ。

「アスリートは応援されるから成り立つ仕事」

 3年間、全く走っていなかったため、17年は恥骨の疲労骨折で満足に練習できなかった。18年6月に実戦復帰すると、一気にトップクラスにカムバックした。19年は世界選手権に出場。20年は1月にハーフマラソンで日本新記録を出し、9月には5000メートルで日本歴代2位の14分55秒83をマークした。

 注目は成績だけではない。以前は一匹オオカミで「誰も味方は作らない。嫌われてもいい」と心を閉ざしていたが、社会を経験して考え方が変わった。「アスリートは応援されるから成り立つ仕事。結果を出すだけでは誰も応援してくれない。選手の声をもっと届ける必要があります」。ネット交流サービス(SNS)を活用し、陸上女子選手に多い無月経の問題や、「痩せれば痩せるだけ速くなる」という誤った考えに対して、自分の考えを発信する。

 所属企業やスポンサーの意向を気にして、東京五輪開催の可否について意見する選手は少ない。「本気で発言をして離れていくのなら、それだけの関係。気になりません」と言い切る。今年からナイキと個人契約を結んだまま、実業団の積水化学にも加わった。「私の本気に付き合ってくれています」と感謝する。

 22日には全日本実業団対抗女子駅伝(クイーンズ駅伝、宮城)に8年ぶりに出場する。12月4日には、優勝すれば東京五輪代表に決まる日本選手権1万メートルを控えているが、手を抜くことは考えない。

 「国際大会よりも駅伝で結果を残した方が、企業は商談で相手に興味を持ってもらえます。積水化学が注目を浴びるよう、自分の区間賞よりチームの優勝を目指します」【小林悠太】

小林悠太

毎日新聞東京本社運動部。1983年、埼玉県生まれ。2006年入社。甲府支局、西部運動課を経て、16年から東京本社運動部。リオデジャネイロ五輪を現地取材した。バドミントン、陸上、バレーボールなどを担当。学生時代、184センチの身長を生かそうとバレーに熱中。幼稚園児の長男、次男とバレーのパスをするのが目下の夢。