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「鬼滅の刃」の快進撃が止まりません。「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」は史上最速で興行収入100億円を突破。原作の漫画の発行部数は1億冊を超える社会現象と化しています。人々を引きつける「鬼滅」の魅力とは何か。各界の専門家と記者が読み解きます。
「非王道」漫画はなぜ時代をつかんだのか エンタメ学者が説くヒットの法則
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あらゆるメディアで売れ続ける「鬼滅の刃」の人気を、同じエンタメ業界の人たちはどう見ているのだろう。アニメやゲームなどを手がける総合エンターテインメント企業「ブシロード」執行役員で、エンタメ社会学者でもある中山淳雄さん(40)は、「作品の質、マーケティング戦略、外部環境。全てが組み合わさって、転がるように時代をつかんだ」と語る。「BanG Dream!(バンドリ)」などの人気メディアミックスに携わってきた仕掛け人が見た、新しいメガヒットの法則とは――?【後藤豪/東京経済部】
圧倒的アニメの質と「母性型」ヒーロー
――他社のコンテンツで恐縮ですが「鬼滅の刃」、見ていますか?
◆2019年の10月ぐらいから漫画を読み始めて、見事にはまりましたね。当時の販売部数は単行本1冊30万~50万部ぐらいでしょう。それでもメジャーヒットなんですが、今では300万~400万部ですよね。漫画を読み始めた当時は、部数が10倍になる作品とは到底思えなかった。血もたくさん出るし、絵も劇画調というか、人の線を書き込みすぎていて、決してきれいな方ではない。舞台設定も、なんかおどろおどろしいと言った方がいいぐらい。「ニッチ(隙間<すきま>)ジャンルの中で、面白い作品が出たな」ぐらいに思っていました。
――それがこの爆発的なヒット。その原動力をどう見ているのですか。
◆まず声を大にして言いたいのは、アニメとしての質がめちゃくちゃ高いということです。他の作品に比べても格段に違う。「漫画で見たこの場面って、(実際は)こういう動作だったのか」と思うぐらい、コマとコマの間や背景を全部描き込んで、創造性がある。再構築というより、1から作ったと言っていいぐらい。
記事で読んだのですが、第1話のために、3回も山のロケに行っているんですよ。そうやって、第1話を作るのに1年もかけている。普通ならロケハンは1回、1話を作るのにかける時間も多くて数カ月程度です。1話にかける費用って、普通なら2000万~3000万円ですが、鬼滅は1億円ぐらいかけているかもしれません。それだけのお金を用意したのがすごいこと。(制作に参加しているアニメ企画制作会社)アニプレックスさんの力が非常に大きいと思いますね。アニメに引きずられるように、結果として原作である漫画が売れていった感じがします。
――ストーリー面ではいかがですか? 「ニッチ」とおっしゃいましたが。
◆週刊少年ジャンプ発の大ヒットといえば、ドラゴンボールとワンピース。これらはまさにジャンプの王道ですね。戦いの中でチームワークを深めつつ、だんだん主人公が強くなっていき、最終的に敵を倒す。本人がヒーローであることが前提です。しかし、鬼滅の刃の焦点は、完全に「家族」ですよね。内にこもった感じがある。強さも求めてはいるんだけど、そこにあまり焦点を当てていない。戦う相手の事情なんかも描いて、慈しみながら、浄化していくような。「戦い」というより、みんなの中のこだわりとかわだかまりを解消していくような物語だな、と私は感じたんですよね。
――主人公が、マッチョなヒーローではない。
◆まったくないですね。炭治郎は慈しみ深い、いわば「母性」の塊。全然父性じゃないんです。それから、作者の吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)さんが女性だからかもしれませんが、女性キャラがちゃんと一人間として描かれていて、全然添え物ではない。心情描写もそうですし、身体的にも、(鬼殺隊幹部「柱」の一人である)胡蝶(こちょう)しのぶが、力では負けるけど毒で倒すとか、リアルに描かれている。これも非常に印象的です。
私はずっとエンタメに関する世論研究をやってきたのですが、みんなが理想とするものってひと世代ごとに変わるんですよ。みんなの心情として、いまスーパーヒーローものが出ても違和感しかないと思う。「あの時、はやったよね」という機能だけで保全されるから、ドラゴンボールもワンピースも残りはしますけど、ここから(人気を)上げていくものは、鬼滅の刃のように、女性や家族を中心に描くものになっていくんだろうなと。それが私の見方ですね。
作品と環境と受け手の心情が、転がるように大ヒットを生み出す
――鬼滅の刃がメガヒットに転じた時期は、新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた時期と重なります。そうした社会状況も、追い風になったのでしょうか。
◆そう思いますね。私はゲーム業界に長く…
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