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先月のピカイチ 来月のイチオシ

毎月数多くの公演に足を運び耳を傾けている鑑賞の達人が、1カ月で最も印象に残った演奏と、これから1カ月で聴き逃せないプログラムを紹介します。

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先月のピカイチ 来月のイチオシ

記憶に残るベートーヴェンの交響曲ライブ 第6番~第9番

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カルロス・クライバーとバイエルン国立管弦楽団=写真は1986年5月9日、東京文化会館
カルロス・クライバーとバイエルン国立管弦楽団=写真は1986年5月9日、東京文化会館

 「先月のピカイチ&来月のイチオシ」は10月に引き続き、ベートーヴェンの生誕250年にちなんで選者の皆さんにこれまで取材・鑑賞したベートーヴェンの交響曲各曲のベスト演奏、印象に残った公演を紹介していただく特別企画の後編をお届けします。今回は第6番から第9番まで。経験豊かな選者の心に刻まれたベートーヴェンの名演奏とは——。

◆東条碩夫(音楽評論家)選◆

◆第6番ヘ長調「田園」

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮 ザールブリュッケン放送交響楽団

(2006年12月7日 東京オペラシティコンサートホール)

◆第7番イ長調

カルロス・クライバー指揮 バイエルン国立管弦楽団

(1986年5月11日 神奈川県民ホール)

カルロス・クライバーとバイエルン国立管弦楽団=写真は1986年5月9日、東京文化会館 拡大
カルロス・クライバーとバイエルン国立管弦楽団=写真は1986年5月9日、東京文化会館

◆第8番ヘ長調

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 ドイツ・カンマーフィル

(2006年5月28日 横浜みなとみらいホール)

◆第9番ニ短調「合唱付き」

クリスティアン・ティーレマン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(2013年11月17日 サントリーホール)

 

【次点】サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(2002年4月19日 ベルリン・フィルハーモニー)

 カルロス・クライバー指揮の第7番こそは、私のベートーヴェン体験の中で、いかなる演奏にも増して圧倒的な感銘を受けたものだった。それは、全4楽章が完璧な均衡で統一され、しかもその裡(うち)にデモーニッシュな情熱が荒れ狂う——とでもいうべき演奏だったのである。こうした揺るぎないバランス感と嵐のような激しさとを併せ備えた演奏は、もしかしたら、あの伝説的なトスカニーニのそれに近いものだったのではなかろうか? とにかく、あの「第7」は、今思うと、夢のような世界だった!

 スクロヴァチェフスキ指揮の「田園」で驚き、うれしくなったのは、終楽章の第1主題のウラで、ふだんは聞こえないヴィオラの旋律を浮き出させ、そこにもう一つの別の主題があったのだという解釈を彼が示してくれたことだ。交響曲の大管弦楽の内声部には未知の無限の宝が潜んでいることを教えてくれた演奏という点一つ取っても、あの「田園」は忘れられない。

 ティーレマンの指揮する「第9」は、私がこれまで聴いた中でも、最も濃厚で、多彩で、陰影に富み、ミステリアスな雰囲気をたたえた快演(怪演?)だったという点で挙げておこう。その彼のアクの強い指揮を相手に丁々発止と応酬するウィーン・フィルのしたたかさもすごかったから、いっそうスリリングな「第9」でもあったのである。なおラトル指揮の「第9」は、彼のベルリン・フィルのシェフ就任直前の演奏。この人はやはり大変な大物だ、と舌を巻かされたのはこの時だった。

      *      *      * 

◆柴田克彦(音楽ライター)選◆

◆第6番ヘ長調「田園」

カール・ベーム指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(1977年3月 NHKホール)

カール・ベームとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団=1977年3月2日、NHKホール
カール・ベームとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団=1977年3月2日、NHKホール

◆第7番イ長調

ネヴィル・マリナー指揮 アカデミー室内管弦楽団(アカデミー・オブ・セントマーティン・イン・ザ・フィールズ)

(2016年4月 東京オペラシティコンサートホール)

◆第8番ヘ長調

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(1977年5月 東京文化会館)

◆第9番ニ短調「合唱付き」

フランス・ブリュッヘン指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団

(2011年2月 すみだトリフォニーホール)

 前月の第1、3、4、5番は選ぶのに難儀したが、今月の第6~8番は自分の中での揺るがぬ決定打。ベーム&ウィーン・フィルの第6番は、同日の「運命」以上に感銘を受けたことを、今なお鮮明に思い出す。柔らかくしなやかかつあらゆる動きが表情豊かで品格を備えたその演奏は、ウィーン・フィルの特性が最上の形で発揮された、理想的ともいえる「田園」だった。マリナー&アカデミーの第7番は、老匠最後の来日公演におけるすてきなギフト。かようにふくよかで温かく弾む7番はそれまで聴いたことがなく、同曲の猪突猛進型力演の嵐に辟易(へきえき)していた当時、「この曲でこれほどの幸福感を得られるとは!」と大いに感嘆した。ハイティンク&コンセルトヘボウ管の第8番は、豊麗でまろやかな同楽団のサウンドと端整な造作が、個人的な曲のイメージにピタリとフィットした好演。今も同曲を聴くと、その時の印象(多分に偶像化されているであろうが)と比較してしまう。

 問題は最後の「第9」。膨大な数のライブに接しているし、聴いている最中に名演だと思った公演もあったはずだが、ベストと言われると全く出てこない。それゆえ、前月同様に「演奏風景が脳裏に浮かぶ(声楽ソリストがギリギリまで姿を見せない演出にハラハラ&感心させられた)」ブリュッヘン指揮の公演を挙げておいた。もちろん清新で発見の多い快演だったが、他にもまだいい演奏があったような……。

      *      *      * 

◆池田卓夫(音楽ジャーナリスト)選◆

◆第6番ヘ長調「田園」

【同率首位2公演】

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮 レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

(1979年6月5日 神奈川県民ホール)

セルジュ・チェリビダッケ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

(1993年4月30日 東京芸術劇場)

【次点】森正指揮 東京都交響楽団(1978年8月8日 日比谷公会堂)

◆第7番イ長調

マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

(2012年11月30日 サントリーホール)

マリス・ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団 (C)Peter Meisel
マリス・ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団 (C)Peter Meisel

【次点】ロリン・マゼール指揮 岩城宏之メモリアル・オーケストラ(2010年12月31日 東京文化会館)

◆第8番ヘ長調

ネヴィル・マリナー指揮 NHK交響楽団

(1979年5月25日 NHKホール)

◆第9番ニ短調「合唱付き」

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ウィーン交響楽団

(1990年9月29日 ウィーン楽友協会=ムジークフェライン)

【次点】ジャン=バティスト・マリ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団(1983年12月24日 東京文化会館)

 後半の曲の方が簡単に選出できた。ムラヴィンスキーは前半に「田園」を置き、後半はワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」からの管弦楽ハイライトというドイツ・プログラム。ロシアの厳しいツンドラ(凍原)の土壌に根を張る植物を思わせる、一切の無駄をそぎ落とした厳しい生き様に恐怖すら覚える「田園」だった。チェリビダッケはフランクフルトのアルテ・オーパーで聴いた「第5番」と同じく権威主義とは無縁、春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)のベートーヴェンをじっくりしたテンポで描く。写実主義の「田園」ではなく、イデアとしてのパストラーレ。絶えずアルカイック・スマイルをたたえた心象風景の音楽である。厳格さではムラヴィンスキーやチェリビダッケに引けを取らなかった我らが〝モリショウさん〟が都響と描出した田園風景には、何ともいえないペーソスが漂い、忘れることができない。「第7番」はこの年、サントリーホールでベートーヴェン交響曲全曲を指揮したヤンソンスの中でも屈指の名演だった。すべてが「あるべきところ」にはまり、うねりにうねる音響から管楽器の名人芸が明滅、まれにみる陶酔を味わった。マゼールはバイエルン放送協会に保管している自身のパート譜を取り寄せ、普通は「下げ弓」で弾く冒頭の和音に「上げ弓」を指定したことに始まり、手練手管の限りを尽くして唖然(あぜん)の成果を上げた。「第8番」はあまたの名演を差し置き、爽やかな〝そよ風〟を感じさせたマリナーとN響の初共演をベストに挙げたい。終演後、サインを求めるファン1人1人に「グッド・イヴニング・サー」と自ら右手を差し出した英国紳士の礼儀正しさは92歳で亡くなる半年前の2016年4月、ジ・アカデミーとの最後の来日で指揮した「第7番」まで全く変わることなく、日本のファンにも愛され続けた。いよいよ「第9」。経済関係の講演の代役を引き受けフランクフルトから出張した先のウィーンで偶然、ウィーン交響楽団創立90周年記念演奏会に遭遇した。指揮は1973~76年に首席指揮者を務めたジュリーニ。揺るぎない造型の上に、とことん歌い上げるカンタービレの気宇壮大さに打ちのめされた。バリトン独唱はモンテヴェルディ合唱団員から抜擢(ばってき)されたばかり、25歳のブリン・ターフェルが担い、目覚ましい歌唱を披露した。パリ・オペラ座のバレエ指揮者を長く務めたマリと東京フィルの演奏は恐らくモーリス・ベジャールが同オペラ座のために振り付けた「第9」の刷り込みなのだろう、ダンサーの出入りを待つかのように、終楽章で頻出する楽想の切れ目にことごとく、十分すぎる間(ま)を置いていた。今に至るまで、最もユニークな「第9」である。

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◆毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選◆

1989年から2002年まで首席指揮者としてベルリン・フィルを率いたクラディオ・アバド 拡大
1989年から2002年まで首席指揮者としてベルリン・フィルを率いたクラディオ・アバド

◆第6番ヘ長調「田園」

クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(2000年11月29日 東京文化会館大ホール)

【次点】サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(2008年11月23日 ミューザ川崎シンフォニーホール)

◆第7番イ長調

エサ・ペッカ=サロネン指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(2017年5月15日 東京文化会館大ホール)

【次点】ニコラウス・アーノンクール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(2003年8月29日 ザルツブルク音楽祭 祝祭大劇場)

◆第8番ヘ長調

フランツ・ウェルザー=メスト指揮 クリーヴランド管弦楽団

(2018年6月5日 サントリーホール)

◆第9番ニ短調「合唱付き」

マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

(2012年12月2日 横浜みなとみらいホール)

 2000年にベルリン・フィルを率いて来日したアバドは、闘病から間をおかず医師が同行するという状況下にもかかわらず、東京ではザルツブルク・イースター音楽祭で上演したオペラ「トリスタンとイゾルデ」3公演、空き日に二つのオール・ベートーヴェン・プログラムを披露するというハードスケジュールだった。「トリスタン」の2日後に聴いた第6番「田園」は魂でタクトを振っているアバドの自然への憧憬(しょうけい)、生命への感謝にあふれる唯一無二の音楽となった。いろいろな意味で忘れられない。

 サロネンの第7番は舞踏の精神あふれるベートーヴェン、フィルハーモニア管の勢いにのりながら大きなうねりを作り出す爽快感に、体中の細胞が音楽の喜びを享受する体験となった。

 ヤンソンスがバイエルン放送響で振った「第9」は、芳醇(ほうじゅん)で最高級のきらめきをまとった管弦楽と、奏者たちそれぞれの楽器で対話する音楽が、聴き慣れた作品を一新させた。ヤンソンスも決して恣意(しい)的にならず、それでいて随所に大胆な解釈を見せながら、表現の全てに説得力がある。第3楽章で早くも天上に昇るような境地に達したが、藤村実穂子、ミヒャエル・フォレといったソリストとバイエルンの合唱が加わった第4楽章は、まさに人間の声による生きとし生けるものへの賛歌だ。驚いたのは、テノールソロが入る前のマーチでトランペット奏者が、下手舞台裏から吹きながら登場するという3次元的な演出。ヤンソンスがベートーヴェンの革新性に挑んだ一つの証しのようにも見えた。毎年のように名演に出会える「第9」だけに、もう会えないヤンソンスの演奏の思い出で締めくくる。

      *      *      *

◆宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)選◆

◆第6番へ長調「田園」

サイモン・ラトル指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(2001年10月23日 サントリーホール)

【次点】サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(2016年5月13日 サントリーホール)

◆第7番イ長調

ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮 NHK交響楽団

(2004年11月14日 NHKホール)

サヴァリッシュとN響の最後の協演となった2004年11月の定期公演=2004年11月13日、NHKホール 写真提供:NHK交響楽団
サヴァリッシュとN響の最後の協演となった2004年11月の定期公演=2004年11月13日、NHKホール 写真提供:NHK交響楽団
1996年、フィラデルフィア管弦楽団とのベートーヴェン・ツィクルスを前に筆者のインタビュー取材に応じたサヴァリッシュ=筆者提供
1996年、フィラデルフィア管弦楽団とのベートーヴェン・ツィクルスを前に筆者のインタビュー取材に応じたサヴァリッシュ=筆者提供

【次点】クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(2000年11月25日 サントリーホール)

◆第8番ヘ長調

ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団

(2017年5月13日 東京オペラシティコンサートホール)

【次点】ロジャー・ノリントン指揮 NHK交響楽団(2013年10月19日 NHKホール)

◆第9番ニ短調「合唱付き」

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(1979年10月21日 普門館)

【次点】朝比奈隆指揮 ジュネス・ミュジカル・シンフォニー・オーケストラ(1981年7月 NHKホール)

 カラヤンの第9とラトルの「田園」については当連載の特別企画「わが半生の思い出の公演」で触れているので、そちらをご参照いただきたい。

https://mainichi.jp/classic/articles/20200615/org/00m/070/003000d

 サヴァリッシュ指揮N響による第7番は両者の40年にわたる関係のラストとなったステージ。直前の体調から誰もが最後となるであろうことを意識して臨んだ公演で、筆者もあえて定期2日目を選んで出かけた。N響メンバーの全身全霊を込めた熱演は、第1コンサートマスター篠崎史紀が後にNHKの番組で「オケが自主的にあれほど燃えた演奏はなかった」と述懐していたほどすさまじいもの。第4楽章では涙を流して弾く団員もいて、筆者も数々の名演や取材体験、子供のころマエストロがピアノを弾いてその魅力を解き明かす番組を通じてベートーヴェンの本質を初めて知ったことなどを思い出し万感の思いが胸にこみ上げた。同様にアバドの7番も大病の手術直後の来日でやせ衰えた彼を支えようとするベルリン・フィルの熱演が感動的であった。

 ノットと東響の第8番は現代オケがピリオドの要素を取り入れた演奏の進化系というべき鮮やかな出来栄え。同様のアプローチのノリントンとN響の徹底ぶり、とりわけ超高速テンポにもかかわらず一糸乱れぬ合奏力が強く印象に残っている。

 朝比奈指揮ジュネス・オケの第9は、当時NHKが事実上主催していた大学オケのイベント。オーディションで選ばれた学生オケを一流の指揮者が振りテレビ中継も行われた。筆者が初めて出演したのがこの第9で既に巨匠と呼ばれていた朝比奈のスケール大きなベートーヴェンの渦の中に身を置いて尋常ならざる感動を覚えた。それほどまでに心動かされる体験をさせてくれた朝比奈について語る時、その後の取材時はもちろん、今でも朝比奈先生と呼ぶようにしている。

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