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磁州窯の壺、破片が初出土 中国で12~13世紀製造か 京都・舞鶴の満願寺跡

満願寺跡から出土した「黒釉白堆線文壺」の底部=京都府舞鶴市南田辺で2020年11月13日午後3時10分、塩田敏夫撮影

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 京都府舞鶴市万願寺の満願寺跡から、陶磁器「黒釉白堆線文壺(こくゆうはくたいせんもんつぼ)」の破片が出土した。府埋蔵文化財調査研究センターが13日、発表した。中国北部の河北省にある磁州窯(じしゅうよう)で作られたもので、国内での出土は初めてという。壺は12世紀中ごろから13世紀初めにかけて焼かれ、寺の創建時期と重なるため、当時の満願寺は中央権力ともつながる大きな勢力があった可能性があるとみている。

 満願寺は鎌倉時代の建保年間(1213~1219年)に、弁円上人によって創建されたと伝えられている。本尊の木造十一面観音坐像には建保6(1218)年の銘が残されている。

 砂防ダムの建設に伴い、2019年度に発掘調査をした結果、平安時代末から鎌倉時代の礎石建物跡などを確認。その後、遺物を詳細に調べた結果、直径30センチの穴から黒釉白堆線文壺の破片が六つ出土した。つなぎ合わせると、壺の底部(高さ10センチ、幅12センチ)とわかり、特徴である白い線が3本確認できた。

 黒釉白堆線文壺の文様は、表面に白い粘土で盛り上がった線をつけ、黒い釉薬を全体に施している。火事で表面がはがれ、残った部分も変色している。

 センターによると、磁州窯は主に日用品の陶磁器を焼いた窯で、これまでに日本国内で確認されたのは58点。黒釉白堆線文壺は明治以降、骨董(こっとう)品として日本に渡ってきたものがあるが、出土は初めてという。大陸との貿易の玄関口であった福岡・博多や京都市でも出土していないことから、通常の瀬戸内ルートではなく、日本海ルートで入手した可能性もあるとみている。

 こうした希少な陶磁器を入手できた満願寺は当時、舞鶴の有力者ではなく、中央権力にもつながる相当な勢力があった可能性があるとしている。

 出土した黒釉白堆線文壺の破片は23日まで(午前9時~午後5時)、他の出土物とともに同市南田辺の市郷土資料館ホールで展示する。無料。【塩田敏夫】

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