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新・さわちゃんのティールーム

社会における順応性? それとも生活力の低下?=澤圭一郎

写真はイメージ=ゲッティ

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 時代の流れや社会の変化は止めがたいし、それが世の中の「進歩」「革新」の根底にもなるので、否定するものではないのだが、たまに「これでいいのだろうか」と感じることもある。

 これも以前、別の場所で書いたことがあるのだが、もう10年ほど前、親戚が集まってちょっとした会食をした際の話だ。当時、19歳の息子と13歳の娘を伴い、一家で出席した。

 円テーブルに各家族が座り、ビールやコーラ、オレンジジュース、ウーロン茶といったアルコールやソフトドリンクの瓶が並べられた。おのおの好みの飲み物を取って、談笑しながら飲み始めた。

 と、子供たちの様子がおかしい。栓抜きを眺めている。早く瓶の王冠を抜いて、好きな飲み物を飲めばいいのに。2人は、栓抜きを手に取って、瓶入りのコーラを開けようとし始めた。が、「これ、どう使うのか分からない」と息子。娘も「私も分からない」。王冠にあてがいながら、どのように使うのか錯誤している。

 親の責任であるが、まさか栓抜きの使い方が分からないとは! 学力低下どころではない。人類ならば、誰でも分かる(であろう)栓抜きが使えないなんて! ちょっと気の利いたチンパンジーなら、コーラの王冠ぐらい栓抜きで軽々と開けるであろう。十数年生きてきてチンパンジー以下の出来だ。教育大失敗である。生活力の低下である。

 彼らの言い分はこうだった。「家で瓶入りの飲み物は飲んでいない。ペットボトル入りか缶入りである。そもそも、アルコール類を含めて瓶入りの飲料は、家にないではないか。したがって栓抜きを使用する機会がなく、使い方が分からなくても当然である」

 言われてみれば、ビールも缶ビールだ。ジュース類は紙パックかペットボトルで、確かに瓶入りの飲料はない。私が子供のころに比べて、瓶入り飲料は圧倒的に少なくなった。社会の変化ではある。だが、虚を突かれた感じだ。「栓抜きの使用」など生活の中の基本動作だと思っていたから、子供が使えないなど想像もしていなかった。

 宴席で錯誤していた2人は、それでもなんとかテコの原理に気がついて、王冠を開けることに成功し、無事にコーラを飲むに至った。親戚はこの事態に気がつかず、この秘密は我が家のみにとどめられた。

 今もそうだが、2人はレトロな缶切りの使い方も知らないだろう。今どきの缶詰は、缶切りなんぞ使わない。ひょっとすると、マッチで火も付けられぬやもしれぬ。

 生活スタイルや製品の変化で使わなくなり、使いにくくなってきたものは多い。食事にはフォークとスプーンを使うことで、箸から遠ざかる。缶切りだって、それを使わずに済む缶詰が大半を占める。マッチを使う場面は圧倒的に少なくなったし、靴のひもをしっかり結べない子もいるという。ひも靴よりも履きやすいファスナー付きの靴が出回っているからか。

 言い始めるときりがないが、いずれも「手間がかからず便利にした結果である」というのが、共通している。便利になった結果、使用しなくなったものは当然廃れていくのであるが、「それでいいのか?」という問題意識がある。

 もっとも「それでもいいのだ」という考え方だってある。

 栓抜きが使えなくても、缶切りで缶が開けられなくても、生活上の不便はないのであるから「(使えたほうがよろしいが)目くじらを立てる問題ではない」。社会や生活の変化に伴い使える道具は変遷するのであるから、当然だとする向きも。むしろ、今どきはスマートフォンやパソコンを使えないほうが、社会生活に支障をきたすだろう。

 「学力低下」を憂う声は今もあるが、この手の「生活力低下」(といえるかどうか)が問題視されることは、あまりない。釈然としない人は多いだろうが、「何が問題なのか」「それでどのような不都合があるか」「人生においてマイナスになるか」といったことに明確に答えにくいからだろう。

 受験に直接結びつくことではないけれど、しかし「これでいいのだろうか」と思うのは、私が年をとったからだけではないような気もするのだ。

澤圭一郎

1989年毎日新聞社入社。東京本社社会部記者として、東京都庁や文部科学省、国会などを担当。2010年から教育担当編集委員や教育担当デスクを務め、17年から教育担当論説委員、19年から毎日教育総合研究所代表取締役社長。

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