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「私を殺さない仲間」増やすため 在日2世が問う、97年前の朝鮮人虐殺

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横網町公園にある関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑について「(朝鮮人である)私を殺さないという誓いの追悼碑だ」と語る在日韓国人2世の慎民子さん=東京都墨田区で2020年9月17日、後藤由耶撮影

 3年後に発生から100年を迎える関東大震災そして朝鮮人虐殺。史実は今なお日本社会に暗い影を落としている。今、何が問われているのか。関係者へのインタビューを手がかりに考えたい。まずは、虐殺の歴史を伝える活動を続ける一般社団法人「ほうせんか」理事で在日韓国人2世の慎民子(シン・ミンジャ)さん(70)から。20代で「自分は殺される側の人間」と実感したのが活動の原点だ。【南茂芽育、後藤由耶】

 ――在日の立場で、かつての虐殺に何を思うのでしょうか。

 何の理由もなく多くの朝鮮人が同じ地域に暮らす日本人に殺された。20代の時、在日の仲間と始めた歴史の勉強会で知りました。自分は殺される側の人間なんだ、ということは大きな恐怖でした。

 在日は生きづらい。それはずっと変わっていません。なぜと思うぐらい、朝鮮人への差別は続いています。息子はバイトの面接で本名を名乗ると落ち、日本名を使うと採用されました。高校や幼保無償化の対象から朝鮮学校は外されています。国を挙げてのヘイト(憎悪)行為です。こうした中、出自を隠し、電車で気を使って日本語で話す朝鮮ルーツの子どももいます。

 ――虐殺の歴史を伝える「ほうせんか」の活動に長年、力を入れてきました。

 「私を殺さない仲間」を増やすためです。とりわけ思い入れがあるのは、「虐殺を繰り返さないんだ」というシンボル的な朝鮮人追悼碑です。1973年、横網町公園にできた時はうれしかった。

 虐殺が起きた現場の一つ、墨田区八広で、スタッフが地元の人に当時のことを聞き取り文献をまとめ、追悼碑を建てました。都内で唯一の取り組みです。訪れた人にかつてあった虐殺について説明したり、料理教室を開いたり、プンムル(伝統芸能)の練習をしたり。人と人が出会う場所になっています。

 ――「虐殺の歴史はなかった」という言説や朝鮮人へのさげすみがインターネット上にあふれています。

 国として歴史を直視しようとしない日本では、むしろ自然なことなんじゃないでしょうか。それでも、横網町公園で開かれる追悼式典に来る人は年々増えています。今年も遠くから慰霊碑に向かって手を合わせる女性の姿を見ました。どれだけ力づけられたか。

 私の生活の基盤は日本にあり、ここでしか生きられません。「3代住んだら江戸っ子」と言っても、私たちはまだ排除されている。日本を心から古里と思いたい。誰もが生きやすい社会になってほしいのです。

ことば「関東大震災と朝鮮人虐殺」

 1923年の関東大震災後に「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などのデマが広がり、信じ込んだ住民らが多数の朝鮮人らを殺害した。国の中央防災会議報告書(2008年)は、当時の死者・行方不明者約10万5000人のうち1~数%が虐殺の犠牲者だったと指摘している。

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