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「逃げてもいい、頼れる人みつけて」 イラクで拘束、壮絶なバッシング 今井紀明さん

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事務所で、仲間と話す今井紀明さん(右)=大阪市中央区で2020年10月、鵜塚健撮影
事務所で、仲間と話す今井紀明さん(右)=大阪市中央区で2020年10月、鵜塚健撮影

 2004年4月、中東イラクで武装勢力に一時拘束され、帰国後は長期にわたり誹謗(ひぼう)中傷を受けた今井紀明さん(35)。大学生の時は対人恐怖症になり、一時は自殺も考えた。現在は大阪市中央区で、若者支援のNPO「D×P(ディーピー)」を運営し、不登校や引きこもり、貧困に苦しむ若者の支援に携わる。「日本中から非難を浴びた」という絶望の淵からどのように立ち直ってきたのか――。【鵜塚健/統合デジタル取材センター】

ネットでも海外でも、やまぬ批判

 ――イラクの武装勢力が04年、陸上自衛隊のイラク撤収を求め、今井さんら日本人3人を拘束。政府を巻き込んだ議論となり、解放、帰国後はひどい批判にさらされました。当時、どう受け止めたのでしょう。

 ◆イラク戦争で米軍が劣化ウラン弾を使用し、子どもたちが被害に遭っていることに疑問を持っていました。高校卒業後、現地の様子を知りたいとイラクに入りましたが、何もできないまま、拘束されてしまいました。帰国後は新聞やテレビ、週刊誌で「(人質拘束は)自作自演ではないか」などと真実でないことを書かれ、「自己責任だ」「遊びでイラクに行った」などと批判されました。帰国約2週間後の記者会見までは大丈夫でしたが、その後急速に落ち込むように。言葉による非難、誹謗中傷に加え、路上でいきなり殴られることもありました。拘束された3人の中で一番若くたたきやすかったのかもしれません。

 顔が知られ、家からも出られなくなりました。ネット上のまとめ掲示板「2ちゃんねる」でも非難され、変な似顔絵や首が切られた絵などを載せられました。当時、ツイッターなどのSNSはなく、反論ができず、とにかく一方的に攻められ、気分が落ち込んでいく。そんな状態が計5年ほど続きました。

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断され、対人恐怖症、パニック障害の症状もあり、海外での人質事件などのニュースが流れると、急に泣き出したり、動悸(どうき)がしたりしました。

 ――その後もしばらく苦しい時期が続きますが、どうやって向き合っていったのでしょうか。

 ◆環境を変えるため、帰国約半年後に英国留学に出かけましたが、現地の日本人留学生から陰口を言われました。それでも9カ月間の留学を終え、「海外でもやっていける」と自信もつきましたが、帰国後、今度は自身が書いたブログが炎上したのです。以前受け取った批判の手紙を読み直して相手に返信を書いたり、電話をかけたりし、その取り組みをブログ上で掲載したところ、約6000件の批判が殺到しました。「開き直っている」「反省していない」などと思われたのでしょう。

 再び環境を変えようと、立命館アジア太平洋大学(大分県別府市)に進学。親にも迷惑をかけたくないし、とにかく自分で頑張ろう、一人で何とかしなきゃと考えていました。ここでも顔は知られていて、同級生に「あの変なやつが来た」とうわさを流され、「おまえに会うなと言われた」と直接聞かされたことも。だんだん孤立し、学校にも最低限しか行かなくなりました。

 逃げ道となるはしごが次々に外され、絶望すると、そこから抜け出せなくなり、「死んでもいい」「もう人生どうでもいいや」という気持ちになるんです。…

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