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「1位を出さない」難関コンクールで1位、「葵トリオ」を聴くべき理由とは

演奏する「葵トリオ」の(左から)小川響子さん、秋元孝介さん、伊東裕さん=大津市で2020年11月7日午前11時36分、濱弘明撮影

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 とある会合でアイドルの追っかけみたいな掛け合いが始まった。「先週、葵(あおい)トリオに会っちゃいましてね」「おがきょだね?」「ユウくん、いいよね!」……。1人目が筆者、2人目と3人目はプロの交響楽団のメンバー、初対面の3人によるウソのようなホントの会話である。「葵トリオ」はもちろんアイドルグループではなくピアノ三重奏団だ。「なかなか1位を出さない」ことでその名をとどろかすドイツのミュンヘン国際音楽コンクールで2018年に堂々の1位を獲得し、ドイツを拠点に活動する葵トリオは今、日の出の勢いで成長を続けている。メンバー3人へのインタビューを通じて、その魅力を明らかにしていく。

共通言語は関西弁

 「おがきょ」と呼ばれていたのは小川響子さん(ヴァイオリン)で、奈良県立畝傍高出身の28歳。「ユウくん」こと伊東裕さん(チェロ)は県立奈良高出身の同学年で、一つ年下の秋元孝介さん(ピアノ)は兵庫県立西宮高の出身だ。東京芸大に進みサントリーホール室内楽アカデミーで巡り合って16年にトリオを組んだ。3人の名字の頭文字であるA、O、Iを組み合わせ、「葵」の花言葉の「大望、豊かな実り」に共感して葵トリオと名付けた。

 3人には11月、びわ湖ホール(大津市)の練習場でインタビューした。ベートーヴェンのトリオ第7番「大公」の第3楽章「アンダンテ・カンタービレ」。秋元さんのピアノが優しい音でニ長調の主和音を鳴らし、しばらくしてチェロとヴァイオリンが加わる。一通り演奏し終えると、意見交換が始まった。

 「今のテンポやったらきれいやね。ということはこれまでが速すぎたん?」「これやとアダージョ(アンダンテより遅い)に聞こえへん?」

 3人の「共通言語」は慣れ親しんだ言葉である関西弁だ。東京の大学に行ったが、「東京は戦う場所」(小川さん)というイメージ。トリオを結成する時にも「関西でコンサートが開けたら」(秋元さん)と思い描いていたのだという。

葵トリオ。左から小川響子さん(ヴァイオリン)、秋元孝介さん(ピアノ)、伊東裕さん(チェロ)=大津市で2020年11月7日午後1時23分、濱弘明撮影

名門・東京クヮルテット以来の快挙

 結成2年でのミュンヘン国際コンクール1位は「想定外」とメンバーは口をそろえる。なにしろ室内楽の分野で日本勢の1位は1970年以来48年ぶり、その時の受賞者は後に世界に名をとどろかせた「東京クヮルテット」なのだ。

 もちろん決勝までの課題となる約10曲を入念に練習してきたが、当初の目標は「準備した全曲をステージで弾くこと」だった。順調に関門を突破し、決勝ではシューベルトが2曲書いたトリオのいずれかを選択できた。一聴して華麗で、演奏機会も多いのは第1番だ。決勝に進んだ他の2組は1番を選んだが、葵トリオはあえて2番に挑戦した。

 秋元さんは言う。「僕がどうしてもやりたいとごり押ししました。もちろん1番は名曲だけど、2番はシューベルト晩年の枯れた哀愁を感じさせ、すごく味がある永遠みたいな音楽です」

 他の2人にはなじみの薄い曲だったが、練習するとすぐ好きになった。小川さんは「内向的」、伊東さんは「1番より(楽器同士の掛け合いが緻密で)室内楽的」と評した。

 決勝の本番。第1楽章途中で小川さんの楽器の肩当てが外れるという「事故」もあったが、動揺を表に出さず弾ききった。叙情的で哀愁を帯びた第2楽章では伊東さん、小川さんが艶やかな音を響かせる。軽快な第3楽章を経て、長大な第4楽章は途中で第2楽章のチェロの主題が回想される。伊東さんが「弾いていて感動する」という場面を万感を込めて弾き、最終盤になだれ込んだ。

 弾き終えると、客席から「ブラボー」が巻き起こり、拍手が鳴りやまず何度も舞台に呼び戻された。

「渋めの曲」がお好き?

 昨年と今年、CDを1枚ずつリリースしたが、メインに据えるのは昨年がシューベルトの2番、今年はメンデルスゾーンの2番。いずれも派手な1番の陰になりがちな曲を選んだ。「ちょっと渋め」と思える領域が、3人の趣味とぴったり合うようだ。

 メンデルスゾーンは小川さんが「情熱的で、弾いていると自分の心にあふれてくるものがある」という作曲家。あとの2人は「1番より2番が、構成にまとまりがあって充実した曲」と口をそろえ、伊東さんは「最終楽章のコラール(賛美歌)が荘厳」と付け加えた。

 今年はベートーヴェンの生誕250周年。葵トリオが6月に東京で予定していたトリオ全曲演奏会は、新型コロナウイルスの影響で中止された。3人に「一番好きなベートーヴェン」を選んでもらうと、それぞれの個性と共通項が改めて浮かび上がる。

 秋元さんはピアニストの立場から「オーパス110」(Opusは「作品番号」)のピアノソナタ第31番がイチオシだという。「熱情」(第23番)や最後の第32番でなく、「ベートーヴェンが本心を語っているような曲」にシンパシーを感じる。

 小川さんは5年ほど前、後期の弦楽四重奏曲を聴いて涙が止まらなくなった。その日の心情により好きな曲は変わるが、あえて挙げるなら「オーパス132」(第15番)の最終楽章だ。「暗く、死の恐ろしさを感じる音楽が、最後にドゥーア(dur、長調)に変わった時、天国が見える」と語る。

 メンバーの中でやや控えめな物腰の伊東さんは、じっくり考えた末に「最近、オーケストラで『英雄』(交響曲第3番)を弾きましたが、最初から最後まで充実して活力に満ちた曲です。第4楽章の終盤、木管だけで主題を奏でるところが特に好きです」。ここでもお薦めの箇所を指定してくれた。

 「英雄」は「オーパス55」。3人の挙げた作品番号が、いずれも11の倍数という、不思議な一致も面白い。

常設トリオには使命がある

曲のテンポについて意見交換する「葵トリオ」の(左から)小川響子さん、秋元孝介さん、伊東裕さん=大津市で2020年11月7日午前11時44分、濱弘明撮影

 ピアノトリオという編成には古典派・ロマン派の大家から現代の作曲家に至るまで、魅力的で演奏効果の高い曲が数多く存在する。各楽器のソロでの見せ場も多く、ハイフェッツ、フォイアマン(後にピアティゴルスキー)、ルービンシュタインの「百万ドルトリオ」のように名手が折を見て集まることも珍しくない。

 個々のネームバリューに頼れない常設トリオの場合は、独自の存在感をアピールする必要がある。葵トリオは今回のツアーで、ベートーヴェン以外にも、ハイドン、メンデルスゾーン、ラヴェル、ショスタコーヴィチ、細川俊夫と幅広い時代の曲を演目に入れた。

 「ソリストが集まるトリオが珍しい曲を取り上げることは少ない。常設の団体が率先して新しい曲を紹介することに意義がある」と秋元さんは力説し、小川さんは「有名でない曲を発掘して紹介できるのは楽しいし、私たちの強みになるはず」と語る。

 今年1月に演奏会を開いた後、3人はドイツと日本に離れて過ごし、新型コロナウイルスの影響で半年にわたって再会できなかった。その間もタブレット端末などを使ったリモート会議で、トリオの今後や曲の解釈について語り合っていたという。

 息がぴったりに見える葵トリオだが、曲について意見が一致しないことも頻繁にある。そんな時は、「とりあえず一つの方法でやってみて、それを踏まえて次の日に違う弾き方をすることもできる」と秋元さん。伊東さんは「長い時間をかけて1曲を作り上げる。互いの呼吸はわかっているので、曲の掘り下げに時間をかけられる」と考える。

 ソロ奏者としても期待される技量を持つ3人が、細部のニュアンスや音を出すまでほんの一瞬の「間」までも練り上げるアンサンブルの妙は、コンサートの現場に居合わせてこそ感じ取れるものだ。メナヘム・プレスラー氏(ピアノ)が率いた「ボザール・トリオ」(1955~2008年)のような息の長い活動を期待したい。【濱弘明】

濱弘明

1965年、兵庫県生まれ、東京大学法学部卒。89年入社で政治部、特別報道部、地方部、運動部、編集制作センター(整理)などで取材記者やデスクを歴任し、2017~19年大津支局長。19年7月から大阪学芸部長。「選抜高等学校野球大会80年史」の編集責任者を務めた。音楽の演奏史などの分野に明るい。

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