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加藤陽子の近代史の扉

学術会議の自律性保障 日本側が磨いた学問の自由

手前は美濃部達吉

 敗戦からほどない1949年に日本学術会議は設立された。第1回総会において、科学者の戦争協力を反省し、科学こそ文化国家・平和国家の基礎となるとの決意表明がなされたことについては、昨今の報道などにより、かなり世に知られるようになってきた。

 ただ、戦争協力のくだりを読むと、わずかだが胸のうずきを覚える。母国が戦争を遂行したのであれば、科学者たる者、協力すること以外に選択肢はあったかとの問いが生ずるからだ。国防への貢献を要請される重責と、自らの基礎研究への情熱と。この葛藤に全く苦しまなかった科学者の姿は想像しにくい。よって、この苦悩と葛藤を二度と招来しないとの決意から、軍事研究を行わないと選択したのは自然なことだったろう。

 そのうえで、次に引く仁科芳雄の手紙を読めば、日本の科学者が敗戦時に見た光景がよりリアルに迫ってくる。原子物理学の父・仁科は、43年、理化学研究所に大サイクロトロン(核粒子加速装置)を建設したことで知られる。「ニ」号(原爆)研究も進めていた仁科は、45年8月7日、米軍による広島への原爆投下翌日、理研の同僚に宛てこう書いた。「米英の研究者は日本の研究者即(すなわ)ち理研の49号館の研究者に対して大勝…

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