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東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

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災害物資を離島へ 引退した宮城・気仙沼の小型連絡船「ひまわり」震災遺構に

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民間の震災遺構として保存するきっかけとなった手紙の差出人の佐藤大斗さん(右)らと談笑する元船長の菅原進さん(右から2番目)=宮城県気仙沼市で2020年11月23日午前11時19分、神内亜実撮影
民間の震災遺構として保存するきっかけとなった手紙の差出人の佐藤大斗さん(右)らと談笑する元船長の菅原進さん(右から2番目)=宮城県気仙沼市で2020年11月23日午前11時19分、神内亜実撮影

 東日本大震災の津波で多くのフェリーが流され、孤立の危機に直面した宮城県気仙沼市の離島・大島を救った小型連絡船「ひまわり」が23日、民間の「震災遺構」として一般公開された。地元住民らは、半世紀にわたって島と本土を結ぶ臨時船として運航した元船長と、船の「再出航」を祝福した。【神内亜実】

 記念式典には、地元住民ら約50人が集まった。元船長の菅原進さん(77)は「みんなに見てもらえてひまわりも喜んでいる」とあいさつ。敷地内に設けられたスペースには現役で運航していた船の写真や図面などが飾られ、訪れた人が思い出話に花を咲かせた。

 菅原さんがひまわりの運航を始めたのは1970年ごろ。日中のみ運航する定期船に代わり、夜間や緊急時に島民の足として活躍した。震災直後、津波の被害を免れたひまわりが人と物資を無償で約8カ月間運んだ。昨春に島と本土を結ぶ横断橋が開通し引退したが、震災の記憶や教訓を伝える船として今年8月に陸揚げし、菅原さんが自宅敷地で公開する準備を進めていた。

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