日本学術会議が推薦した新会員候補6人を菅義偉首相が任命しなかった問題について、日本科学史学会会長の木本忠昭・東工大名誉教授は戦前の学問弾圧と重ねつつ、「新しい形態の学問弾圧事件だ」と憂える。政府によって特定の研究者が排除された今回の一件は何を意味しているのか。過去の歴史をひもといてもらった。【岩崎歩/科学環境部】
――科学史の専門家として一番危惧していることは何でしょうか。
◆現状が立憲民主主義の観点から異常な事態であるのに、必ずしも多くの人たちがそう捉えていないことが私は不思議で仕方ありません。菅首相は「総合的、俯瞰(ふかん)的に判断した」と言いながら、6人の名前が入った名簿は見ていないとしています。「多様性の観点から判断した」と言いながら、6人を外したことで逆に多様性を狭めています。国会でも矛盾したことが繰り返し述べられ、それがまかり通ってしまう怖さを感じます。
さらには、国会議員が堂々とフェイクニュースを流し、明らかに政治家のモラルが地に落ちています。国の最高機関が事実をないがしろにし、むしろ隠蔽(いんぺい)や虚偽を振りまくことがまかり通るのは、科学史的にも近代国家史的にも憂うべきことだと思います。十分な説明がされないまま突っ走らせてしまえば、社会はゆがみ、必ずどこかで国民につけが回ってくるのではないでしょうか。日本科学史学会を含む人文・社会学系の226学協会は11月6日に共同声明を出しました。研究分野の枠を超えて、これだけの規模で意見を表明するのは初めてで、まさに危機感の表れです。
――国民の関心は高いとは言えません。毎日新聞と社会調査研究センターが11月に実施した全国世論調査でも、任命拒否したことは「問題だ」と答えた人は37%にとどまりました。
◆若い人たちを中心に、政治的なことに対しては批判的なことを言いたがりません。その理由は「中立的でいたいから」のようです。政府への批判をしないことが「中立」だと考えているのでしょうか。世の中が非常に不安定で将来に希望を見いだせない状況下において、批判を言うことを恐れているのかもしれません。こうした社会をどう考えていけばいいのか、私自身が歴史家として非常に困惑しています。
――会員制交流サイト(SNS)などでは学術会議が批判にさらされていますね。
◆SNSの世界では一部の国民も政治家やフェイクニュースに乗っかって、同じように学術会議たたきをしています。私は、ひょっとすると戦前の状況に似てきたのではないかと思い始めています。治安維持法や国家総動員法があった戦前の時は、戦争反対と言えば村八分に遭い、世の中から袋だたきにされてしまうので、反対とは言えませんでした。だから沈黙を貫きます。寄ってたかって学術会議たたきをする状況に、どうしても戦前を重ねてしまうのです。
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