連載

加藤浩子「名画が語る名作オペラ」

音楽物書きの加藤浩子さんが、オペラと絵画という二つの芸術を1本の線で結び、風刺や時代背景を映し出す作品の魅力に迫ります。

連載一覧

加藤浩子「名画が語る名作オペラ」

ナポレオンがアルプスを越えた時、歌姫のドラマは始まった〜名画で知る「トスカ」の歴史的背景

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
ジャック=ルイ・ダヴィッド「サン・ベルナール峠を越えるナポレオン」
ジャック=ルイ・ダヴィッド「サン・ベルナール峠を越えるナポレオン」

 険しい山々を前に、たけり立つ白馬にまたがって天を指す英雄。「サン・ベルナール峠を越えるナポレオン」は、フランスの画家ジャック=ルイ・ダヴィッドによるナポレオンのプロパガンダ肖像画である。ナポレオンはもっと普通の肖像画を望んだらしいが、乗馬姿を描きたがったのはダヴィッドだという。画家の狙いはあたり、一度見たら忘れられないダイナミックな肖像画が出来上がった。本当のところは、ナポレオンはラバに乗ってサン・ベルナール峠を越えたそうなのだが。

 「勝利したのは、ボナパルトでして」

 プッチーニの人気オペラ「トスカ」の第2幕で、警視総監スカルピアの部下シャッローネがそう告げた出来事が起こったのは、峠越えの1カ月ほど後である。2度目のイタリア侵攻を果たしたナポレオンは、6月14日、北イタリアのマレンゴでオーストリア軍と戦って勝利を収めた。オペラ「トスカ」は、その3日後にあたる6月17日のローマの物語だと台本に書かれている。劇中では初めナポレオンが負けたと伝えられてローマの人々が感謝するシーンがあるが、この誤報も実際にあったことだった。

 当時のローマは、オーストリアと同盟を結んでいるナポリ王国の影響下にあった。ヒロインの歌姫トスカの恋人カヴァラドッシは、他ならぬダヴィッドに師事した画家で、フランス革命下のパリで成長し、共和主義者そしてナポレオン支持者になった。劇中でカヴァラドッシは、以前ナポレオンの手でローマに樹立されたローマ共和国の領事を務め、政治犯として投獄された友人を助け、それがもとで逮捕される。

 「勝利だ!」

 逮捕され、拷問を受けたカヴァラドッシは、「ボナパルトの勝利」の報を知ると躍り上がってそう叫ぶ。テノールの輝かしい「声」が堪能できる名場面だ。

 カヴァラドッシもトスカも架空の人物である。だがその設定は限りなくリアルに近く、それが生かされて名場面へとつながる。ダヴィッドの作品は史実に基づいたフィクションだが、プッチーニとオペラの原作者のサルドゥは、史実をフィクションに生かすツボを心得ていたのである。

筆者プロフィル

 加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」「バッハ」(平凡社新書)。最新刊は「オペラで楽しむヨーロッパ史」(平凡社新書)。

公式HP

http://www.casa-hiroko.com/

ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る