「地域の顔」誇り胸に 集落に唯一残る金物店 炭鉱や戦争、歴史見守り90年 三笠・幌内 /北海道

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太田金物店の店先で談笑する太田悦子さん(左)と伊佐治知子さん=北海道三笠市幌内町で2020年10月22日午後2時50分、山下智恵撮影
太田金物店の店先で談笑する太田悦子さん(左)と伊佐治知子さん=北海道三笠市幌内町で2020年10月22日午後2時50分、山下智恵撮影

 かつて炭鉱のまちとして栄えた三笠市幌内町の集落で、唯一営業を続ける店がある。大正後期の1920年代後半に創業した「太田金物店」だ。幌内(ほろない)炭鉱の衰退と共に人々が去り、たった2人が暮らす消滅寸前の集落を3代目店主の太田悦子さん(86)が静かに見守っている。【山下智恵】

 つり天井に囲われた店内。ネジや大工道具、レコードの針や木製のスキー板など約5000点の商品が並ぶ。太田さんが、ぽつりと言った。「昔の人は何でも自分で作ったから細かな部品が多い。大体は父の代に仕入れたもの。子どもの文具や仏具、食料品、頼まれれば何でも置いた」

 幌内炭鉱は1879(明治12)年、明治政府の「お雇い外国人」ベンジャミン・ライマン(米国)らによる地質調査を経て開坑された。北海道開拓長官の黒田清隆や伊藤博文も開坑前に現地を訪れており、幌内炭鉱の開発は日本の近代化に向けた国家プロジェクトだった。

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