姫路城の中堀と町人住居跡 江戸時代の家屋規模示す 「城の一部で庶民が生活」

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北側(下)から中堀、石垣、石列で区画された姫路城下の町人住居跡=兵庫県姫路市提供
北側(下)から中堀、石垣、石列で区画された姫路城下の町人住居跡=兵庫県姫路市提供

 兵庫県姫路市は30日、道路整備のため約90年前に埋め立てられた姫路城中堀の石垣や町人の住居の遺構を発掘調査で確認したと明らかにした。江戸時代に築造された石垣は、東西に伸びる堀の南側部分に当たる。住居跡は堀に面して4区画あり、当時の家屋の規模を知ることができる。

 道路の拡幅工事に伴い調査を実施。調査対象は同市元塩町の525平方メートルで、うち約242平方メートルを発掘した。姫路城は、天守などがある「内曲輪(うちぐるわ)」、主に武家屋敷が並んでいた「中曲輪」、寺社や町人の住居があった「外曲輪」の三重構造だった。中堀は、中曲輪と外曲輪の境にあたる。

 確認された石垣は2、3段分で長さは16・4メートル、高さ0・5メートル、厚さ約2メートル。さらに地中に埋もれているため、全体像は不明だ。堀跡のすぐ南側に、住居の境界を示す石列と、堀寄りにごみの処分に使っていたとみられる大小の穴や溝が62カ所見つかった。穴からは、貝殻や江戸時代以降の食器片などが出土した。

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