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社会から「消された存在」だった 18年軟禁された女性、自立探る今

緑の下を歩く咲来美波さん。18歳で保護された後も生きづらさを抱えてきた=福岡市中央区で2020年11月5日、津村豊和撮影

 警察に保護された当時、身長122センチ、体重22キロ――。周囲の大人が小学校低学年と見間違うほど衰弱していた女性は、一度も学校に通わせてもらえないまま18歳まで自宅に軟禁され、母の暴力に耐えきれず自ら逃げ出した。2005年11月に福岡で発覚し、社会に衝撃を与えた事件から15年。33歳になった女性はどんな人生を生きてきたのだろうか。本人への取材から見えてきたのは想像を絶する現実だった。

自宅を飛び出し警察が保護 母が逮捕され事件が公に

 「はじめまして」。今年11月5日、福岡市内の待ち合わせ場所に現れた咲来美波(さくらい・みなみ)さんは初対面の私に対し、どこか身構えているように見えた。黒を基調にしたシンプルな服装にショートカット。大きな瞳で伏し目がちにあいさつに応じてくれた。身長150センチと今も小柄だが、健康状態に問題はないという。23歳のとき、生まれたときの名前から「咲来美波」に変えた。その経緯は後述するが、まずは咲来さんが保護されることになった15年前の事件の概要を振り返ろう。

 咲来さんは、母親によって18歳まで福岡市博多区の団地の一室に閉じ込められ、一日も小中学校に通わせてもらえなかった。もちろん高校にも行っていない。留守番中にテレビを勝手に見たという理由で顔や背中などを殴られたのをきっかけに、05年11月、自宅を飛び出して警察に保護され、母親が傷害容疑で逮捕されたことで事件が公になった。なぜ18歳になるまで家から出してもらえず、周囲も気づかなかったのか。マスコミの報道は過熱した。

 毎日新聞は当時、就学させなかった理由として、母親の「障害による発達の遅れが恥ずかしく、外に出すと迷惑がかかると思った」という言葉を報じていた。母親は専業主婦。父親も同居していたが、兄と姉は既に独立していた。

「二度と同じような子どもを生んでほしくない」

 母親は保護責任者遺棄など日常的な虐待の罪に問われることはなく、咲来さんに10日間のけがをさせたとして、傷害罪で罰金10万円の略式命令を受けただけで釈放された。事件を受け、有識者でつくる検討委員会は、なぜ周囲が気づかなかったのかなど問題点を検証し、福岡市と福岡市教委に報告書を提出した。

 15ページにわたる報告書によると、学校と市教委や児童相談所は、咲来さんを不就学児童と認識しつつ、虐待の危険性を低いと判断していた。再発防止を呼びかけてはいるが、周囲の大人の証言が基になった報告書には、咲来さんがどのような状況で生き延び、本人がどう感じていたかは記されていない。母親が就学させなかった理由とした「障害」が事実かどうかも触れられていない。

 咲来さんは今もこの報告書を大切に保管している。「私が保護されたとき、私に障害があるかのような親の言い分だけが報道され、本当に悔しかった。取材に応じるのは二度と同じような子どもを生んでほしくないからです」。そして、報告書に記されていない過酷な体験を話し始めた。

「この盗っ人が。お前はいやしい」保育園に通わせず

 家から出してもらえなくなったのは、通っていた保育園で起きた、ある出来事がきっかけだった。隣の席の友達が食べきれなかった給食を食べてあげたところ、その様子を保育園が連絡し、駆け付けた母親から「この盗っ人が。お前はいやしい」と怒鳴られた。それから保育園に通わせてもらえなくなった。

 小学校就学前、咲来さんは母方の祖母に赤いランドセルを買ってもらい、入学を心待ちにしていた。ところが、ランドセルは母親に捨てられ、小学校に上がる前に自治体が実施する就学時健診も受けないままだった。祖母が母親に内緒で来て近くの公園に連れ出してくれると…

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