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常夏通信

その72 戦没者遺骨の戦後史(18) 収容した遺骨は240分の1 それでも幕引き考えた日本政府

第二次世界大戦で日米両軍が激突した、ペリリュー島(パラオ共和国)に残る日本軍戦車の残骸=2009年10月13日、栗原俊雄撮影

 その「厚生労働白書」を読んだとき、私はのけぞった。2002年度版、海外の遺骨収容について書かれているくだりだ。「南方地域について」の収容が「おおむね終了」したとある。一年中「8月ジャーナリズム」=戦争報道をしている常夏記者こと私は、この記述を06年に知った。記述に関わった人たちに聞きたかった。「フィリピンだけでも40万体以上の遺体、遺骨が未収容ですよ。あなたたちの言う『南方』って、どこなんですか」と。

 1952年に独立を回復した日本政府は、ようやく海外で戦死した邦人らの遺骨収容に取りかかろうとした。以来68年間、今日まで続いている。しかし、政府は、戦没者遺骨の収容を打ち切ろうとしたことがあった。上記の「白書」はその一例とみていいだろう。

 52年度、政府は国家事業としての遺骨収容の「第1次計画」を始めた。まずアメリカと交渉し、硫黄島と沖縄、マリアナ諸島のサイパンやテニアン、グアムなどに遺骨収容団が派遣された。さらに激戦地のペリリュー島やサイパン、ボルネオ、東部ニューギニアにも渡った。収容団は戦没者の遺族代表、政府関係者、宗教関係者ら計12~19人程度で形成された。

 ペリリューは、日本が第一次世界大戦の結果、国際連盟の委任統治領となっていたパラオ諸島の一つである。フィリピンの東で南北は約9キロ、東西約3キロ。同島には1万人の日本軍守備隊が展開していて、飛行場があった。ここを飛び立った爆撃機はフィリピン全体を攻撃することができた。フィリピン攻略を目指す米軍にとっては何としても落としたい戦略上の要地であり、日本軍にとっては守り抜くべき地だった。

慰霊碑建立もままならず

 44年9月15日、米軍がペリリュー島に上陸した。すでにマリアナ諸島は占領しており、満を持しての上陸であった。総兵力は4万人以上。他の島しょ戦がそうであったように、補給の面でも圧倒的に米軍優位であった。しかし中川州男(くにお)・陸軍大佐率いる守備隊は驚異的な善戦をした。サンゴ礁の自然壕(ごう)を利用した陣地を網の目のようにつなぎ、拠点とした。5カ月後の硫黄島の戦いにつながる戦術である。73日間にわたり抵抗を続けた。この間、日本国内の新聞で繰り返し報道された。昭和天皇は実に11回にわたり、「御嘉賞(ごかしょう)」、つまり「おほめの言葉」を贈った。異例のことだった。日本軍で生き残ったのは34人だけだったとされる。米軍の戦死者は1684人、戦傷者は7160人に及んだ。

 筆者は09年秋、同島に渡った。青い海と豊かな緑に囲まれた常夏の島は高い建物がなく空が広い。だが島内を歩くと、戦争の痕跡はあちこちにあった。緑の中に巨大な鉄筋コンクリートの建物が廃虚のように建っていた。旧日本海軍の司令部跡だ。日本軍の戦車の残骸があった。米軍の水陸両用車の残骸もあるが、それに比べるとはるかに小さく装甲も薄い。航空機の残骸、地下壕の中には砲も残っていた。

 第1次計画で遺骨収容団がペリリューに渡った時は、私が見たより、はるかに生々しい痕跡があったようだ。53年3月4日、収容団は151体の遺骨を収容した。「当時におけるペリリュー島は、激戦の行われた丘陵などには島民はまったく出入りしていないので、地下壕内には遺体が戦没の当時の姿で横たわっていた」(厚生省援護局編『引揚げと援護三十年の歩み』・ぎょうせい・78年)。さらに地表面に露出している遺骨があまりに多く、全てを収容して持ち帰ることはできなかった。

 ペリリューだけでなく、「第1次計画」の収集は、現地のおびただしい遺骨のごく一部を帰還させるものであった。このため、政府は慰霊のため「戦没日本之碑」を硫黄島やマリアナ諸島、ガダルカナル、パプアニューギニアなどで建立した。

 だが慰霊碑を建てるのは、物理的な困難さのみならず政治的な困難さもあった。たとえばビルマやインドネシアでは…

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栗原俊雄

1967年生まれ、東京都板橋区出身。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院修士課程修了(日本政治史)。96年入社。2003年から学芸部。担当は論壇、日本近現代史。著書に「戦艦大和 生還者たちの証言から」「シベリア抑留 未完の悲劇」「勲章 知られざる素顔」(いずれも岩波新書)、「特攻 戦争と日本人」(中公新書)、「シベリア抑留 最後の帰還者」(角川新書)、「戦後補償裁判」(NHK新書)、「『昭和天皇実録』と戦争」(山川出版社)など。

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