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中村哲さんが心血注いだ緑の大地 「枯れ果てた姿に戻すこと許されない」 銃撃事件1年

平和医療団の活動で木々が茂った大地=アフガニスタン東部ナンガルハル州シェイワ地区で2020年11月21日、毎日新聞助手撮影

 アフガニスタン東部ジャララバードで、NGO「ペシャワール会」(福岡市)の現地代表で医師の中村哲さん(当時73歳)ら6人が殺害されてから4日で1年を迎えた。中村さんが取り組んだ農業用水路の建設などの事業は、残された同僚や教え子たちが引き継いだ。彼らは中村さんの死とどう向き合い、指導者の不在をどのように乗り越えてきたのか。

 青空に映えるヒンズークシ山脈を背景に、緑色の木々が大地に広がっていた。11月下旬、毎日新聞の助手が、ペシャワール会の実動組織である「平和医療団(PMS)」が開墾を行う東部ナンガルハル州シェイワ地区を訪れた。ジャララバードから車で約1時間。中村さんが心血を注いだ用水路には変わりなく水が流れ、人々の暮らしを支える田畑を潤していた。15年前まで干上がっていた土地とは想像もつかない。

 「この緑は中村さんが残してくれたもの。干ばつで枯れ果てた姿に戻すことは許されない。我々が力を合わせて活動を続けるしかない」。中村さんと一緒に10年以上活動してきた農業技術者のアジマル・スタネクザイさん(41)は、自分に言い聞かせるように言った。

 中村さんが殺害されて間もなく、PMS現地トップで医師のジア・ウルラフマンさん(65)が中心となり、アフガン人スタッフ12人で作る「ドクター・サーブ・ナカムラ・コミッティー」(中村委員会)を立ち上げた。以前は中村さんが一人でこなしていた事業の立案や設計、現場指揮などを委員会で担うためだ。ジアさんは「私たちが自立することが中村さんの願いでもあった。試行錯誤しながら手探りでやっている」と語る。PMSは現在、総延長約35キロに達する用水路の改修や建設、現地で「死の谷」と呼ばれるガンベリ砂漠の開墾を進めている。農園では果物や穀物、野菜などを栽培して販売し、地元住民の暮らしを支えている。

 4月、早くも委員会に「試練」が訪れた。…

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