「希望が見えた」 “原発銀座”から訴え続けた原告男性が喜び 大飯原発訴訟

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原発の危険性を訴え、原告になった石地優さん=福井県若狭町で2020年11月17日午後4時7分、伊藤遥撮影
原発の危険性を訴え、原告になった石地優さん=福井県若狭町で2020年11月17日午後4時7分、伊藤遥撮影

 地元の福井県から2人が原告となった。その一人の若狭町の農業、石地優(いしじ・まさる)さん(67)が初弁論の法廷で意見陳述してから8年。裁判長が国の設置許可を取り消したこの日も、法廷に駆け付け「希望のある判決だ」と喜んだ。

 入り組んだリアス式海岸や「三方五湖(みかたごこ)」で知られる若狭町は、大飯原発から30キロ圏内に位置する。米農家の長男として生まれた石地さんは大学卒業後、地元の電機部品メーカーに勤めながら、両親の農作業を手伝ってきた。数十年前から「安心・安全な暮らしを実現させたい」との思いが強まり、原発に反対するようになった。長年にわたって米の有機栽培を続け、野菜を育てる畑でも化学肥料は使わず、農家としても安心・安全にこだわってきた。

 2011年3月11日に起きた東日本大震災。東京電力福島第1原発事故では大量の放射性物質が放出され、大切な田畑を失った人たちがいる。「何代も受け継いできた田んぼや自然と共に生きてきた農家の方たちのことを思うと、無念でいたたまれなかった」

 県内の沿岸には13基の商業用原発が集中し、特に若狭沿岸は「原発銀座」と呼ばれる。若狭で原発反対を訴え続けてきた石地さんだが、原発…

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