東日本大震災

釜石の交流施設撤去へ 仮設住宅の元住民ら懐かしむ /岩手

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「みんなの家」から備品を取り外す釜石市職員。カフェや飲み会が開かれ、住民の心のよりどころとなった=岩手県釜石市平田で
「みんなの家」から備品を取り外す釜石市職員。カフェや飲み会が開かれ、住民の心のよりどころとなった=岩手県釜石市平田で

 釜石市最大規模の仮設住宅だった平田第5、第6仮設団地(約300戸)で、東日本大震災から9年9カ月の節目となる11日、交流施設「みんなの家」の解体撤去作業が始まった。元住民らは、心のよりどころだった施設を懐かしんだ。

 みんなの家は、建築家集団「帰心の会」が被災3県に16棟設置した。平田は山本理顕さんの設計で、いろりがあるリビングやキッチンを備えていた。闇夜でも、円すい形のテント屋根の明かりが、震災前は運動公園だった周囲を照らした。新浜(仙台市)など移築・再利用されるケースもあるが、平田は「改修、維持費用がかさむ…

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