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サイドライト

サイドライトとは「撮影の際、被写体の横から照らす光」(広辞苑)の意味。写真記者が取材現場で出会ったさまざまな風景を、独自の視点で切り取ります。

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最後の在日1世「ハンメ」逝く 京都ウトロ地区に75年 差別や貧困と闘い

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飛行場建設工事の労働者たちが暮らした宿舎の前で立ち止まった姜景南さん。終戦直前からウトロ地区に住んだ最後の在日コリアン1世は、撮影の4日後に他界した=京都府宇治市で2020年11月17日、山田尚弘撮影
飛行場建設工事の労働者たちが暮らした宿舎の前で立ち止まった姜景南さん。終戦直前からウトロ地区に住んだ最後の在日コリアン1世は、撮影の4日後に他界した=京都府宇治市で2020年11月17日、山田尚弘撮影

 太平洋戦争中、朝鮮半島出身で飛行場建設に携わった労働者の子孫らが暮らす京都府宇治市のウトロ地区。終戦直前からここで暮らした最後の1世の女性が先月、他界した。地区の住民の大半は新設された公営住宅に移り、戦時中の面影を伝える建物も姿を消そうとしている。ルーツを守りながら戦後を生きぬいたウトロ住民たちの歴史を伝えようと、現地では「ウトロ平和祈念館(仮称)」の建設が予定されている。

 地区で75年暮らし、11月21日に亡くなった姜景南(カンキョンナム)さん(享年95歳)。朝鮮語の方言で「おばあちゃん」の愛称である「ハンメ」と呼ばれ、周囲に慕われた。

 亡くなる4日前に誕生日を迎えた「ハンメ」は、地区内のゴミや落ち葉を拾いながら散策するのが日課だった。気候が良い時期に会っておきたいと思い、誕生日に散策する様子を撮影させてもらった。右手をあげ、手のひらを広げて95歳の「5」を示しながら「外に出るの、久しぶりや」とご機嫌な様子だった。

町工場で働きながら日本語覚え

 慶尚南道(現在の韓国南東部)の山村で生まれ、1934年に、先に大阪に来ていた父や兄姉を頼り、母とともに渡日。大阪市や堺市を転々とした。学校は出ておらず、読み書きも満足にできなかった。町工場で働きながら日本語を覚えた。終戦の3年前、17歳で結婚。悪化する戦況の中、飛行場建設で働きに出…

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