全国高校駅伝

留学生が「花の1区」を走れないのはなぜ?

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1区のスタート直後から混戦の大集団を引き離しトップグループを形成する4人の留学生たち。2008年に規制されるまで毎年の光景だった=森園道子撮影 拡大
1区のスタート直後から混戦の大集団を引き離しトップグループを形成する4人の留学生たち。2008年に規制されるまで毎年の光景だった=森園道子撮影

Q 留学生が都大路を走るようになったのはいつからですか。

A 1992年です。仙台育英(宮城)のケニア人留学生が初めて都大路に登場し、翌年に男女ともに2人ずつの留学生を起用した仙台育英が史上初のアベック優勝を達成しました。

留学生を交えたチームワークを発揮し1993年の全国高校駅伝で史上初のアベック優勝を果たした仙台育英の選手たち 拡大
留学生を交えたチームワークを発揮し1993年の全国高校駅伝で史上初のアベック優勝を果たした仙台育英の選手たち

Q 現在、留学生の起用は1人までと決まっていますが、人数制限が始まった理由は。

A 留学生の大きなストライドと力強い走りには感嘆の声が上がりましたが、一方で「助っ人」との批判も出ました。そこで、全国高校体育連盟(全国高体連)は94年の理事会で、加盟競技の高校総体への留学生の出場枠を「エントリー数の20%前後」とする内規改正を適用し、駅伝ではエントリーが2人、出場は1人までと決めました。

Q 留学生が男女とも1区を走れなくなったのはいつからですか。

A 2008年の都道府県予選からです。それまでレースを左右する最長区間の1区(男子10キロ、女子6キロ)への留学生の起用が増えており、日本選手と大差になる展開が恒常化していました。そのため全国高体連が07年、予選を含めた出場校にアンケートを実施しました。結果は「全員の努力が結果に結びつく駅伝の本質が失われかねない」「宣伝に利用される」など、1区からの除外に7割を超える賛成があり、08年から規制に踏み切りました。

Q 除外に反対する意見にはどんな内容がありましたか。

A 「国際化に反する」「差別だ」という声もあり、「花の1区」を目標にしていた留学生も少なからず落胆しました。近年は男子では2番目に長い3区(8・1075キロ)、女子は先行逃げ切りを図るための2区(4・0975キロ)やアンカーの5区(5キロ)での起用が主となっています。【構成・大東祐紀】

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