全国高校駅伝

大河ドラマのあの人も走った 「駅伝は都大路」なぜ定着?

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全国高校駅伝が京都に移ってから50年目を記念し新調された歴代優勝校を刻む石碑=2015年12月17日午後0時56分、花澤葵撮影
全国高校駅伝が京都に移ってから50年目を記念し新調された歴代優勝校を刻む石碑=2015年12月17日午後0時56分、花澤葵撮影

Q 駅伝のルーツが京都といわれる経緯は。

A 駅伝で最初のレースは1917年の「奠都(てんと)五十年記念大駅伝競走大会」だとされます。東西対抗で京都・三条大橋から東京・不忍池までの23区間を3日間かけて走りました。勝利した東軍のアンカーは、日本が初めて参加した12年ストックホルム五輪に出場した金栗四三。三条大橋の東詰めには駅伝の碑があり、2017年には駅伝発祥100年を記念して、駅伝発祥の地の石碑も建てられました。

Q 駅伝が京都で盛んなわけは。

A 全国高校駅伝は1966年に大阪から京都に舞台が移りました。高校生が師走の都大路を駆け抜ける姿を起爆剤として、83年から全国都道府県対抗女子駅伝、89年には女子の全国高校駅伝も始まり、90年からは全国車いす駅伝も開催。「駅伝は都大路」が定着しました。

Q 全国高校駅伝と全国都道府県対抗女子駅伝の発着点となるたけびしスタジアム京都(西京極陸上競技場)の見どころは。

A 都道府県対抗女子駅伝を経て五輪メダリストとなった功績をたたえるため、有森裕子、高橋尚子、野口みずきの3選手の足形プレートが設置されています。高校駅伝については男女の歴代優勝校が刻まれる記念碑があります。

記念碑の穴から顔を出し記念撮影する市民ランナー=京都市東山区で2017年4月29日午前10時25分、礒野健一撮影
記念碑の穴から顔を出し記念撮影する市民ランナー=京都市東山区で2017年4月29日午前10時25分、礒野健一撮影

Q 全国高校駅伝が京都で長く続く理由は。

A 駅伝は競技場で開催されるスポーツと違い街が舞台となるため、地域の方々の理解と協力が必要不可欠です。京都府警の白バイ隊や陸上自衛隊が無線中継車を配備するなどして、レースの安全を支えます。医師会や消防局などと緊急の医療態勢についても万全の準備をしています。京都陸上競技協会に加え、京都の高校生陸上部員たちがフィニッシュテープ係や沿道での交通整理などをして、競技役員・補助員・自主整理員約1700人がレースをサポート。多くの支援があることが、高校生の憧れの舞台「冬の都大路」を成り立たせています。【構成・藤田健志】

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