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外交利用、パンダ流転 シャンシャン返還延期、喜ぶ人々の陰で

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ササを食べるシャンシャン=東京都台東区の上野動物園で2018年11月、手塚耕一郎撮影
ササを食べるシャンシャン=東京都台東区の上野動物園で2018年11月、手塚耕一郎撮影

 東京・上野動物園のジャイアントパンダ、シャンシャン(3歳、雌)を返還前に一目見ようと、パンダ舎に長い列ができている。丸いフォルムで食事をとる姿は確かに愛らしい。だが待てよ。中国の山奥に生息していたパンダがいつ、どのように「世界のスーパースター」になったのか。

日中友好演出、関係悪化時は不要論も

 ファンに朗報か。シャンシャンの返還期限が来年5月末に延びた。パンダの輸送には専門家の同行が必須だが、新型コロナウイルスの影響で困難と判断されたためだ。10日、上野動物園を管轄する東京都の小池百合子知事が発表し、「これからも上野のパンダをかわいがってほしい」と述べた。

 そもそもなぜ返還するのか。シャンシャンの両親であるリーリー(雄)とシンシン(雌)は「繁殖の学術研究」目的で来日し、都と中国側の協定では、生まれた子は2歳で返還すると定められていたためだ。だが、延長を求める声が大きかったことなどから今月末まで延長されていた。

 この発表前日の昼下がり。私はシャンシャンに会うため、事前予約して同園を訪れた。パンダの取材を続けるジャーナリスト、中川美帆さんから「100分は待ちますよ」と聞いていたが、パンダ舎の前で、長丁場だと悟る。気温11度。夕暮れまで並ぶ覚悟の表れか、運動靴にダウンコート姿の人が目立つ。

 パンダ柄バッグの持ち主に声をかけた。川崎市から来た50代の女性だ。シャンシャン見たさに20回以上は通っているとか。「『わが子』のような存在ですね」。子どもの成長記録を撮るように、撮影は欠かせないという。なるほど一眼レフカメラを首から下げた人も多い。行列の最後尾にあった看板には「待ち時間 70分以上」とあったが、実際は90分かかった。でも、ササをはみ、元気いっぱいのシャンシャンを見た途端、寒空での苦労は吹き飛んだ。

 中川さんは、パンダの魅力は「かわいさ!」と声を弾ませる。幼少期はパンダのぬいぐるみにご執心だった。小中学生時代、パンダ関連の本をむさぼるように読み、「ランラン、カンカン来日の背景に日中の政治の動きがあったと知ってますます興味を覚えた」と述懐する。

 中川さんは、自著「パンダワールド We love PANDA」(大和書房)のほか、パンダに関する記事を多数執筆する。パンダがいる国内動物園(上野、神戸、和歌山)はもちろん、これまでに中国を含めた世界19カ国・36施設を訪れ、つぎ込んだ旅費は100万円超に上る。「パンダって懐かしい気持ちを呼び起こしませんか。それは『人生の記憶』とつながっているから。私の場合、故郷・福岡で初めて見た思い出でしょうか。それ以来、目が離せません」

 日中パンダ外交の始まりは1972年。当時の田中角栄首相と、中国の周恩来首相が「日中共同声明」に調印。国交正常化を記念した「友好の使者」として贈られたのがランラン(雌)、カンカン(雄)だった。

 著書「国宝の政治史」(東京大学出版会)でパンダ外交の歴史を論述した東京女子大准教授の家永真幸さん(39)は言う。「日本でも50年代ごろからパンダへの関心が徐々に高まり、60年代の終わりには誘致の動きも高まった。パンダのために日中関係が動いたとは言えませんが、中国の『贈り物』を日本が好意的に受け止める雰囲気が確かにありました。パンダが寿命を全うすると代わりにまた贈られ、日中両国の『友好ムード』の演出に寄与し続けてきました」

 中国への円借款、東日本大震災のお見舞い……。大きな出来事が生じる度に、パンダは両国の「約束」「友好のしるし」を象徴した。家永さんは「今もその構図に変化はない」と語る。

 だが、そこに異変が起こ…

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