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ニュース|第100回全国高校ラグビー

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伏見工の名は消えても…初優勝メンバーが継ぐ「ラグビー流教育」

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全国高校ラグビー大会京都府予選決勝で後輩たちの試合を見守る山口良治さん(手前左)と高崎利明さん(同右)=京都市左京区の宝が池球技場で2020年11月8日、大西達也撮影
全国高校ラグビー大会京都府予選決勝で後輩たちの試合を見守る山口良治さん(手前左)と高崎利明さん(同右)=京都市左京区の宝が池球技場で2020年11月8日、大西達也撮影

 汗と涙が詰まったグラウンドには雑草が生え、二つのH字形ポールがひっそりと立っていた。「16歳から通った場所。思い出は数え切れないぐらいある」。高校ラグビーで数々の名勝負を演じてきた伏見工(京都市伏見区)の花園初優勝時(1980年度)のメンバーで、監督としても2度の全国優勝へと導いた高崎利明さん(58)は夕暮れの中、懐かしそうに母校のグラウンドを見つめた。

「山口先生を悲しませたらあかん」と結束

 伏見工は2018年3月末、全日制が閉じた。洛陽工と統合し、京都工学院として再出発している。残る定時制(4年制)も来春には他校と統合され、京都奏和(そうわ)になる。20年春に伏見工の定時制校長に就任した高崎さんは9月から、開校準備を進める京都奏和の校長も兼務。今の1年生が卒業する24年春、「伏見工」の名は消える。

 78年春に入学した高崎さんは、小柄ながら判断力に秀でたスクラムハーフだった。その年は高崎さんら中学時代に「オール京都」に選出されたメンバーの多くが伏見工へ進んだ。後に日本代表で活躍し、「ミスター・ラグビー」と称された平尾誠二さん(16年に53歳で死去)も、その一人だった。入学前に伏見工のラグビーに魅せられた選手が多かったという。

 有望選手が集まった背景には、当時の監督で元日本代表FWの山口良治さん(77)の存在もあった。当時はやんちゃな部員もいたが、高崎さんは「山口先生を怒らせたらあかん、悲しませたらあかんという一線は、みんなが守っていた。勝つためにどうするかを考え、自分で矯正していく力がついた」と振り返る。

平尾さんを「飛ばした」パスの内幕は…

 1年生の時は京都府予選決勝でライバルの花園高に敗れた。控え選手だった高崎さんは悔し涙を流し、記念品としてもらった小さなトロフィーを川へ…

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